そして外交官は、契約妻に恋をする
 そして、ときどきでいいから、あんなふうに可憐な笑みを見せてくれる彼女となら、穏やかな毎日が過ごせるのかもしれないと思ったのだ。

 気づけば、一年でいいとまで口走り説得を試みていた。

『誰かと結婚しない限り縁談を押し付けられる。君もそうなんだろう? それならいっそ、形だけの夫婦にならないか?』

 彼女は一瞬驚いていたが、少し考えてこくりと頷いた。

『よく考えてみます』

 夕べのうちに桜井家からは色よい返事をもらっているが、彼女の本心はわからない。それが知りたくて、会いに行った。

 彼女の部屋で本の中の船を見ていると、脳裏に荒波に向かう船が浮かんだ。

 小さな船の船頭は俺、振り向けば彼女がいる。

『俺の船に』と言いかけたとき、本当はそう言いたかった。荒波に揺れる海も君となら行ける気がするんだ、と。

 何度も捲ってくたびれた本は彼女が努力家なのを物語っていた。仕事を続けたかったのかもしれない。愛のない政略結婚なんてしたくないに違いない。

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