そして外交官は、契約妻に恋をする
 なにしろ四時には暗くなってしまうから、ヴィラに荷物を置いて早速観光に出かけた。

 まず向かったのは、蜂蜜色の村カッスル・クーム。

「うわー。タイムスリップしたみたい」

 重厚な石造りの家々が並び、五百年前とほぼ変わらないという風景が広がっている。まるで絵本の中に入り込んだよう。

 静かだ。ロンドンの喧騒に慣れた耳に鳥の囀りが響く。

「ずっと来てみたかったんです」

 いつか、たとえ一泊旅行でもと思っていたが、当然ひとり旅のつもりでいたのに、まさか真司さんに誘ってもらえるなんて。

「真司さんは来たことがあるんでしょう?」

「ああ、要人の観光案内でね。来たというだけだから、今日が初めてのようなものだな」

 彼は目を細めて辺りを見回す。

 それはそうだろう。仕事じゃ落ち着いて観光どころじゃないに違いない。

「気持ちいいなぁ」

「本当に」

 手を繋ぐのは、いつしか習慣のようになった。彼が手を差し出して私が掴む。

 川沿いの道を歩き、目に留まったショップを覗く。

< 51 / 236 >

この作品をシェア

pagetop