そして外交官は、契約妻に恋をする

 男性は何度か彼に頭を下げて、上着の内ポケットにスマホを入れて上着の前を閉じている。

 やれやれと彼は溜め息をつく。

「ここで盗難にあったら知らぬふりはできないからな」

 スマートフォンを機種がわかるよう剥き出しの状態で首からストラップに掛ける行為は、日本ならいざ知らず海外では危険だ。無くさないようにという気持ちはわかるが、少なくとも本体を見せているのはよろしくない。

「なんだかんだいって、東京は安全な街ですからね」

「そうだな。それが悪いことじゃないんだが、無防備だという自覚をしてもらわないと。自分だけじゃない、日本人が犯罪のターゲットにされてしまう」

 彼の言う通りだ。

 でも、本人に直接忠告する彼は立派だと思う。外交官とはいえ、今はプライベートな時間である。無視しても、誰にもなにも言われないし、もしさっきの彼が盗難被害にあっても真司さんのせいじゃない。

 真司さんは、いつだってどこだって外交官だ。

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