そして俺は、契約妻に恋をする
「複雑な香辛料の香りがする」

 彼は首を伸ばして鍋を覗き込む。

「ああそれは、サムゲタンを作っているんです。なんちゃってサムゲタンたんですけどね」

 本物のサムゲタンは丸鶏を使うし、骨が溶けるほど煮込む手間がかかった料理だ。そこまでは手間がかけられないので、簡易版サムゲタンだ。

「うわぁ、それは楽しみだ」

「サムゲタン好きなんですか?」

 彼は首を傾げて考える様子を見せた。

「好きというか、今すごくサムゲタンが食べたい気分だな」

 茶目っ気たっぷりの笑顔におもわず笑ってしまう。

 真司さんは私の気分を上げるのがうまい。といっても本人はまったく意識していないだろうけれど。

 私が勝手に浮き足立って、胸を弾ませているだけだ。

 だって彼には本当の恋人がいる……。

「さあ、それじゃあサムゲタンができあがるまで、もう一眠りするか」

「はい。ゆっくり休んでください」

 微笑んだ彼の後ろ姿を見送ると、切なさに胸が押しつぶされそうになる。

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