副社長の甘い罠 〜これって本当に「偽装婚約」なのでしょうか?〜
それを聞いた青木様は、肩を震わせて嗚咽しながら泣いていた。17年もの間、ずっしりと重い十字架を背負って生きてきたのか……と悲しい気持ちになる。青木様が落ち着くのを少し待った。
「あの、青木様にはご負担をかけたくないのですが、念の為ご連絡先を伺っておいても宜しいでしょうか?」
「あぁ、もちろんだよ。生い先短い爺さんの連絡先なんて、聞かれることもないけど、一応携帯電話はまだ持っているんだ。家族との連絡用にね」
そう言って、近くにあったメモ用紙にお互い電話番号を記して交換した。そして私は青木様にお礼を告げ、客室課のオフィスに戻っていった。
***
オフィスに戻ってきても、青木様の言葉を思い出して、少しボーッとしていた。今日はフロントからの電話も少なくて本当に良かった。
「倉田、なんかあった?」
突然、上司である庄司さんから話しかけられる。
「あーーそれが……庄司さん、青木さんっていう男性のメイドさんがいらっしゃったのって、知ってますか?」
「青木さんって、随分前じゃないか? 覚えてるよ、なかなかやる気のあるおじさんだなぁって印象だったけど。その青木さんがどうした?」
「今1206に連泊されているんですけど、私の父のことを話していて……」
庄司さんがピクッと反応する。そう、庄司さんにとっても父は元上司なのだ。
「それ、詳しく教えてくれる?」
そう言って、客室課支配人用の個室に通される。青木様に言われた話を庄司さんにはそのまま伝えた。