副社長の甘い罠 〜これって本当に「偽装婚約」なのでしょうか?〜
「どこか痛いのか? 辛いことがあったのか?」
「ふふ、いえ。すみません、飛鳥さん。今日は早退したのですが、父の日記を読んでいました」
「……そうか、早退ってことは、何かあったのか?」
そのまま2人でソファに座り、飛鳥さんに今日あった出来事を話した。
1206号室に宿泊している青木様が元清掃メイドだったこと、青木様が勤務中に水嶋専務の電話を聞いてしまったこと、そして父の事故が水嶋専務の一言で起きてしまったこと、庄司さんの気遣いで早退して日記から何かヒントがないか確認していたこと……など、ひとつずつ話していった。
飛鳥さんは途中で遮ることもなく、うんうんと相槌を打ちながら聞いてくれた。
「……それで、日記を読んで、どうだった? 辛い気持ちになったか?」
「それが……父に愛されてたんだなぁって、心が満たされるような気持ちになりました。今までは、父と生きていた時間がどんどん過去になっていくのが怖くて、辛くて、ずっと日記を開けないでいたのに。不思議ですよね……」
飛鳥さんは私の頭を撫でながら、黙って聞いていた。私が少しずつ言葉を紡ぐのを、待ってくれている。
「失ったものが大きいと、どうしてもそこに目がいってしまいますが……与えられたものとか、得られたこととか、目の前の幸せに目を向けられると良いですよね。少しずつでも」
「そうだよな……そう思えるようになった澪は凄いと思うよ。もし俺が今、澪を失ったら……17年どころか一生目の前が真っ暗かもしれない。前に進めるか自信は無いな。
そもそも、危ない目には遭わせないように頑張るけど」