副社長の甘い罠 〜これって本当に「偽装婚約」なのでしょうか?〜

「………専務、なぜここまで色んな悪事をおこなったのですか? ホテル・ザ・クラウンが福岡に進出した頃から様子がおかしくなったと、倉田支配人の日記や各所から聞いているのですが」

「それは、私に、というか七瀬ホールディングスに、恨みがあったからだろう?」

「……!!」


あぁ、父は全て分かっていたのか。
その一言で全てを悟った。


「……社長、それはどういうことですか?」


五十嵐常務が父に尋ねる。


「五十嵐常務、水嶋専務が福岡出身ということは知っているだろう? そして、実家が旅館を経営していたということも」

「ええ、でもそれが社長を恨むことと、何の関係が…?」

「福岡のホテル・ザ・クラウンが建つ前、同じ場所に水嶋専務の実家が代々経営する、水嶋旅館があった」

「ということは、ホテル・ザ・クラウンが原因で取り壊しに?」

「そうだ。当時経営状況も芳しくなく、社員を路頭に迷わせたくないと立ち退きにサインをしたのが、水嶋専務の父上だった。その取り壊しは、お互いの合意の上だった。
 ……しかし、先代達が守り続けてきた旅館を潰したことを苦に、水嶋専務の父上は自殺した」

「………!!」


会議室にいる全員に、衝撃が走る。水嶋専務だけが、肩を震わせて泣いていた。


「互いの合意なんて、本当にあったかなんて分からないじゃないか。現に、元いた社員全員が採用された訳ではなく、路頭に迷った者だっていたんだ…!!」

「全員を必ず採用する、という契約内容ではなかった。それに、ホテルの基準を満たしていない者は採用できない」


父が言うことは至極最もだ。経営者は時に冷酷にならざるを得ない。それがホテルの品質を守り、結果として長く存続させるのだから。
< 140 / 160 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop