副社長の甘い罠 〜これって本当に「偽装婚約」なのでしょうか?〜
「……私は、自分の旅館を継ぐために、まずは他の場所で勉強しようとホテル・ザ・クラウンに就職した。毎日色んなことを吸収して、倉田とも切磋琢磨して順調にキャリアを積んでいったと思う。しかし、父が自殺したことで全てが変わった。
何としてでも、自分が偉くなって、この七瀬ホールディングスの社長に上り詰めることが、七瀬ホールディングスに対する復讐になると思った。父を殺したのは、この会社だから。それからはもう、上に立つことしか考えていなかった。
……その後、専務になった私は、あらゆるものが自分の物であるかのように錯覚していたようだ」
突然、あぁと思い出したように続ける。
「倉田は本当にできる奴だった。思いやりがあり、求心力もあり、誰もが付いていきたいと思える。私にはそれがなかった。力をつけて人を従わせることしか出来なかった。ずっと、倉田が羨ましいと思っていた」
そう言うと、がっくりと肩を落とす。俺は専務に冷たく言い放った。
「専務、きちんと罪を償ってください」
「あぁ、そうだな」
「では、私も責任を取って、社長を降りよう」
「……えぇ!?!」
皆が驚いて社長の方を見る。俺も流石にこの発言には驚いた。
「このような不始末に気付かなかったのは、私の責任だ」
「しかし、社長がいなくなったら誰が社長に……」
「それは…」
そう言って、俺の方を見る。みんなの視線が俺に集まった。
「飛鳥、お前ならもう大丈夫だろう? 私よりずっと優秀な経営者だ」
「社長……」
今まで「副社長」と呼んでいたのに、突然「飛鳥」と親子の会話に変わる。
もう自分は社長を降りたつもりなのだろう。
果たして、俺が社長に就任することを皆が認めてくれるのだろうか。いや、やるしかない。澪と2度目に会った時から、俺はもう腹を括っている。