副社長の甘い罠 〜これって本当に「偽装婚約」なのでしょうか?〜
旅行も折り返しとなり、やらなければならないことが頭を掠める。特に引越し作業については、今は考えないようにしたい…と思って頭からかき消した。
「飛鳥さんのびっくりするような提案から始まって、偽装から本当の婚約者に変わって……今でもなんだか信じられません」
場所は違えど、あの時と同じスイートルームにいる。そして、あの時とは全く違う関係性に変わっているのも、『実は夢の中なのかな…?』と思ってしまう。
懐かしむような気持ちになりながら、またコーヒーカップに口をつけた。
「俺は、こうなるイメージだけを持って突き進んだけどな。澪に好いてもらえるかどうか、不安がなかったと言えば嘘になるけど……」
「でも、結局は飛鳥さんの罠に引っかかりました。しかも、甘い罠」
「あぁ、そうだな。俺の罠に引っかかってくれて、良かった。ありがとうな」
そう言って、飛鳥さんはいつもの優しい笑みをこちらに向ける。
この「罠」は、人を陥れるような、誰かが悲しむような罠ではない。どこまでも優しく、甘美な毒牙にかかったような「甘い罠」だった。
「飛鳥さん、大好きです」
突然伝えると、面食らったような顔をしてから甘い雰囲気に変わった。
「澪、朝からもう一回する?」
「ちょ、今、純粋な気持ちを伝えただけなのに! 飛鳥さんのえっち!」
「そんなこと言われたら、普通襲いたくなるよ」
「それは飛鳥さんだけ…! これから、やちむん通りで焼き物も買いに行くから、ダメです!」
ちぇーと子供のようにいじける飛鳥さん。
相変わらず可愛い所があって、つい笑みが溢れてしまう。
これからは「甘い罠」ではなく、ただひたすらに飛鳥さんの「甘い愛」に溺れていくのだろう。
それは今日も、明日も……きっと、ずっと。
fin.