副社長の甘い罠 〜これって本当に「偽装婚約」なのでしょうか?〜
「細々としたものが多いのですが、父がよく身につけていた腕時計とか、あとは日記も入っていますね。ホテルに勤めていた時に書いていたものです。
ですが、実は日記の中身は未だに見れていないんです。勇気が出なくて。でも、手放せなくて…もう亡くなってから17年も経つのに、おかしいですよね?」
あはは、と自虐的に笑うと、飛鳥さんは真剣な目をこちらに向けてきた。
「いや、ちっともおかしくないと思う。身近な人の死を受け入れるのは本当に時間がかかると思うし、ましてや事故死だったんだろう?
突然の出来事に、心の整理も追いつかないよな。その日記は、澪が自分の意思で『見たい』と思う時まで、無理して見なくて良いと思う」
じわ、と心に温かいものが広がるように感じる。
過去に付き合ってきた人には、父の話はほとんどしてこなかった。でも、飛鳥さんには自然と話せてしまう。
つい心を開いてしまうのは、なぜだろう。
恐らく私は、父の死を未だに受け入れられていない。ずっと、ぽっかりと穴が空いたような感覚のまま生きてきた。
誰かに埋めてもらえないかと、付き合う男性にそれを求めていたとも思う。
でも、穴が埋まるどころか大きくなるばかりで。男性にどう甘えたら良いのかも分からなかった。