副社長の甘い罠 〜これって本当に「偽装婚約」なのでしょうか?〜
早番の残務をこなしながら、来週の備品発注に向けて準備をする。
 
「客室課」というと客室の清掃をイメージする人の方が多いかもしれないが、ホテルの規模が大きかったり、高級ホテルだったりすると、少し勝手が違う。


外部業者やパートのメイドさんが客室清掃を担当し、その清掃後の部屋をチェックして、施設や備品に不備がないか最終確認をする「インスペクター」という仕事もある。
 
また、宿泊客からランドリーのオーダーを受けたり、宿泊中に何か不備があった場合にお部屋に伺う担当として「ゲストランナー」という仕事もある。

ゲストランナーに関してはホテルによって呼び方がまちまちなので、ホテル・ザ・クラウン独自の呼び方だ。

 
そして客室課の社員は全員、清掃・インスペクター・ゲストランナー、全て一通りこなせる必要がある。私は基本的にゲストランナー業務をこなしつつ、アメニティ類の備品発注も担当していた。

今は発注に向けて、在庫数を確認しているところだ。


ーーープルルッ

「はい、客室課 倉田です。オーダーは遅番の(たいら)さんに…」

「倉田さん、お疲れ様で〜す! それがぁ、オーダーじゃないんですよぉ」


電話口からの声に、(うわぁ…)とげっそりした声が漏れ出てしまいそうになる。
 
やけに語尾を伸ばしがちな彼女は、フロントの水嶋美子(みこ)だ。

水嶋美子は、ホテル・ザ・クラウンとその系列ホテルを運営する七瀬ホールディングスで専務を務める、水嶋専務の一人娘だ。

いつも色んなブランド品を身につけており、見た目は煌びやか。そして定時ピッタリに「お先で〜す」と言ってきっちり上がる。

かなり癖が強いので、他の社員からは煙たがられているが、専務の娘なので無碍(むげ)にもできない。
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