副社長の甘い罠 〜これって本当に「偽装婚約」なのでしょうか?〜
「ふぅ、凄い量だわ……」
廊下からバックヤードに戻ろうと、あと2、3歩の所だった。向こうから誰かがやってくる。一度止まって、お辞儀をした。
いつもならゲストも会釈する程度ですぐ通り過ぎるが、今日は頭上から聞き慣れない声がした。
「おや、君は確か、客室課の倉田さんかな?」
(この声は、今一番会いたく無い人だわ……)
そう、声の主は、あの水嶋専務だった。
まさかここで会うとは……。
顔をあげると、そこにはドンと横に大きい水嶋専務が、自身の秘書を連れて歩いていた。
「はい、客室課 倉田です。恐れ入りますが私はお客様対応がございますので、こちらで失礼いたします」
「まぁ少し待ちなさい。娘から聞いたよ、君は副社長と婚約したんだね」
「いえ、まだ正式には……両家顔合わせもまだですし」
どう答えるのがベストか分からず、曖昧な回答になってしまう。こちらの動揺がバレないよう、平静を装った。
「へぇ、人は見かけによらないものだねぇ」
「どういう意味でしょうか?」
「どうやって副社長に取り入ったのかな? もちろん、枕営業でもしたんだろう?」
「……っ!!」
水嶋専務の言っていることを理解するのに、数秒かかってしまった。この人、私が体で副社長を籠絡したと言ってるのか。
専務の人を見下したような言い方に、イライラする。でも、顔に出しては相手の思う壺だ。
「そう言う訳では……」
「だってそうだろう? 君のような一般人と、副社長が結婚するメリットはないじゃないか」
「………」
返す言葉もなく黙っていると、また聞き慣れない声が聞こえてきた。