副社長の甘い罠 〜これって本当に「偽装婚約」なのでしょうか?〜
「倉田さん、全国で高級旅館を経営している、椿グループってご存知ですか?」
「もちろん、とても有名ですよね。そこが何かあるんですか?」
「水嶋さんが言っていたのですが、昔、副社長は椿グループの社長令嬢と付き合っていたそうで。結婚の話も出ていたそうです。
その後、結婚の話は無くなったようですが、未だにその社長令嬢は会食等に顔を出すので、副社長は頻繁に会っているらしく」
「えっ…?」
「今は倉田さんが婚約者なので問題ないと思うのですが、最近それを水嶋さんが色んな人に言いふらしているので、倉田さんには先に耳に入れておいた方が良いかと思いまして……」
「そう、ですか……」
聞きたかったような、聞きたくなかったような。どちらにせよ耳に入るなら、早い方が良かったと思うべきか。
少し、いや、かなりショックを受けていた。
「倉田さん、大丈夫ですか?」
「あ、はい…すみません、椿グループの件を知らなくて、ちょっと驚きました」
「副社長はその件、倉田さんに言ってなかったんですね? 何でかな…」
「……」
私にも分からない、なぜ飛鳥さんが共有してくれなかったのか。わざわざ共有するまでもない、と判断したのだろうか。
でも、本人の口からではなく、他人から聞く方が辛い。
なぜ自分より他の人の方が、飛鳥さんについて詳しいんだろう、と悲しくなった。
その後は他愛もない話をしたと思うが、あまり会話の中身が頭に入ってこなかった。竹田さんは数杯お酒を飲み、ほろ酔いになっている様子だった。
「倉田さん、そろそろ帰りましょうか。明日も日勤ですよね?」
「そうですね、お開きにしましょうか。今日はありがとうございました」