副社長の甘い罠 〜これって本当に「偽装婚約」なのでしょうか?〜
「あはは、荒木さん、完全に楽しんでる」
「まぁとにかく、副社長、変わりましたよ。あの人を変えたのは、倉田さんです」
「……それは、昔付き合ってたっていう椿グループの椿麗香さんではなく?」
また棘のある言い方をしてしまう。
あぁ、私、椿さんに嫉妬してるんだ。
「椿麗香に関しては俺からより、副社長からちゃんと聞いた方が良いと思います。俺から言えることは、あの2人は澪さんが思っているような関係ではないってことですね」
「そう、なんですかね…」
はっきりとしたことがわからず、私も歯切れが悪くなってしまう。でも、荒木さんの言う通り、この話は飛鳥さんから直接きちんと聞きたい。
「倉田さん、副社長と出会った時のこと、思い出しました?」
「え? あぁ…飛鳥さんが、入社するよりもっと前に会ったって言ってたんですけど、それがどこかは思い出せてないんです。てっきり5年前、この春で6年前になりますが、それが初めてだとばかり」
「そうですか。俺も詳しくは聞いてないので分からないのですが、副社長にとっては大事な思い出みたいですよ」
「……」
飛鳥さんが大事な思い出と思ってくれているのに、どうして私は思い出せないんだろう? もしかしたら、記憶に蓋をしている父との思い出に関わるのだろうか。
そんなことを考えていると、荒木さんのスマホから着信音が鳴った。
「念のため、車停めさせて頂きますね」
そう言って、途中で一時停車する。ウインカーを鳴らして、荒木さんは電話に出た。