副社長の甘い罠 〜これって本当に「偽装婚約」なのでしょうか?〜

「はい、荒木です。はい、はい……は?事故? なんでそんなにピンピンしてるんですか? ……え、これから詳しく検査するって……勘弁してくださいよ。……はい、分かりました。俺すぐそっちに戻りますからね」
 

荒木さんの電話の内容に、ドクンドクンと鼓動が早まる。飛鳥さんに、何か、起きた……?

 
「……倉田さん、副社長、福岡で事故に遭ったみたいです。相手のバイクは副社長を何とか避けようとした衝撃で大きな怪我をしているらしく、歩いていた副社長はタイミング良く避けられて、転んだ時に擦り傷と軽い脳震とうで済んだと……
 とはいえ、念のため詳しく検査するって言ってます。ったく、何で俺がいない時に…!くそっ…」


あの荒木さんが、バンッとハンドルを叩く。感情を顕にしているのは初めて見た。

着信元は飛鳥さん本人のようだが、詳細は分からない。ただ、17年前の父と同じく『交通事故』という言葉に、体が震え始めてしまった。


「倉田さん、大丈夫ですか? まずは、副社長のマンションに戻りましょう。詳しくはまた、改めてご連絡しますので」

「はい……」

 
荒木さんの車がまた動き始めて、あっという間にマンションに到着した。


「荒木さん、ありがとうございました」


お礼を伝えて、ペコっと頭を下げる。


「いえ、すみません、動揺させるようなことを伝えてしまって。でも、副社長なら絶対大丈夫です。信じて待っててあげてください」

「はい、荒木さんもお気をつけて」


そう伝えると、車は去っていった。恐らく、そのまま羽田空港に向かうのだろう。「絶対大丈夫」というのは、荒木さんも自分に言い聞かせていたのだと思う。

私はというと、まだ軽く震えが止まっていなかった。急いでマンションの中に入った。


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