私の推しは私の推し
1.私の推し
「今日は来てくれてありがとう〜! 次のライブの詳細は、またSNSで告知するから待っててね!」
華やかなステージに華やかな女の子達。
ぐるりと観客席へ平等に手を振った。一瞬目が推しと合った気がしたが、流石に気のせいだろう。
俺はうるさい鼓動を無視して、推しに届くようペンライトを振る。
女の子達は手を振りながら足早にステージから消えていく。
名残惜しそうなファンは、女の子達が去った後を見つめ大きく息を吐いた。
今日のこともしっかりと目に焼き付けておこう。そう胸に誓って――。
◇
アイドルをやっている私、マコ。
3人グループでセンターを任せてもらっている。
「今日も可愛かったぞ」と自身を鼓舞しながら、ガチガチに固めたツインテールを解く。
黒髪を梳き、結び跡が残らないようにしっかりとケアをする。
少し濃いめにした化粧を落としてすぐに肌を労う。
皆が少し落ち着いたところで私は振り返り、いつもの報告をする。
「今日もいたよぉ! 眼福眼福」
「あたしも見つけたよ。あの熊ちゃん目立つもんねぇ」
私の会話にいち早く反応してくれたのは、1番にアイドル衣装を脱ぎ捨てソファでだらりとしていたココロ。
シガレット型のお菓子を咥え、まるでタバコを吸っているかの仕草だ。
ココロは少し前までは本当にタバコを吸っていた。しかし、タバコを吸わない私達のためにと禁煙中。
吸わないまま順調に日が経っている。このまますっかり諦められるのか少し楽しみだ。
ココロはうちのメンバーで1番のお姉さん。
身長はモデル並みに高く、髪は金色のミディアムヘア。垂れ目で唇は厚い。セクシーを売りにしているため、大人の女性好きから人気。
私とは売り方が逆。ココロが好きな人々はきっと私のようなちんちくりんを好きになることはないだろう。
「やっぱりココロ目当てなのかな……」
セクシー売りのココロとキュート売りの私とでは推す人間ももちろん合わない。
ココロが最推しの場合は熊ちゃんを潔く諦めるしかないだろう。
「確かにあたしのグッズをいくつも買ってたみたいだけど……あんたのも買ってたみたいじゃん」
「量の差! 私のはせいぜい使用用、観賞用、保存用くらいでしょ!? ココロの紙袋持ちってことは私よりお金使ってるよ!」
うちは3,000円以上買うとついてくる紙袋がある。
それを私の推しはココロの紙袋のみ所持していたのだ。
「いやいや、汚れても良い紙袋だけ出してる可能性もあんのよ。うちはされてた! 本命は大きなカバンに折れないように入れてるの見たわ!!」
焦茶色のポニーテールを揺らしながら「あの男、絶対許さん!」と顔が言っている。
この怒っている子は私と同期のユラ。
関西弁かと思いきや、どこの訛りとも言えない喋り方。また、お姉ちゃんと呼びたくなるような世話好き。
面白くて可愛い動物の服や小物などが好きでよく集めている。それもあって、自分で考えたおもしろ可愛いTシャツも何度か販売していたりもする。
そのため、ユラ推しはそれが参戦服となることが多い。
「見せびらかしたいだけでは? というかもう1つの紙袋もユラの可能性は? その人ユラ命の人だったでしょ」
「……なるほどね。その可能性は考えとらんかったわ」
さっきまでの怒りはどこへやら。すぐに落ち着きを取り戻しスマートフォンを取り出す。
私もスマートフォンを取り出し今日の反応をエゴサ。
今日も可愛かった。ダンスも歌も上手い。などの反応にニコニコしながら眺める。
もちろん良いことばかりではないが、理不尽な物以外は受け入れられるくらいにはメンタルは強い方だ。
一通り見た後、好物の辛いものを求めてネットサーフィンを始める。
気になったものを手当たり次第お気に入りしていく。後でレビューを確認して購入をする予定だ。
「マコ!」
「はい!?」
「あんたの言う通り、うちの紙袋大事に入れとったみたい」
スマートフォンの画面を私に見せ、確認するように促す。
ユラが私にいつも見せる"おでこ"というユーザーネームの人。かなりの古参で毎回ライブの時は最前列で応援してくれている。
「また個人のSNS覗いてる……」
「あんたも熊ちゃんのSNS見ればえーやん」
「それはちょっと……」
ユラは顔を覚えるのが早い。自分のファンだとわかればチェックし、身だしなみやグッズの購入数までも把握したがる。
プライバシー保護のため、グッズ購入履歴を見ることはできず確実な情報は手に入らないが、写真に載せているグッズの量を見て楽しんでいるタイプ。
「うちならマコのだーい好きな熊ちゃんのSNSもすぐわかるはずや」
「ダメだよ。あと、私が最推しじゃない可能性がある時点で怖すぎ」
身震いする真似をすると、ユラはおかしそうに笑いながらスマートフォンに視線を落とす。
私も更なる辛いものを探しの続きでもしようかと視線を落とす直前に、ココロがぽりぽりと音を立てながらお菓子を砕き、私に聞く。
「……水を差すようで悪いけど、あんたはなんでそんなにその男が好きなの?」
「あ、それ思った。いつから好きなのか、どんな理由なのか。さ、言っちゃいなさいな」
「ちょっと前まではどうでもよさそうだったのに……突然どうしたの?」
「熊ちゃんの話するのグループ結成してからずっとだし……これはただの一目惚れではないな? と思った次第よ」
「そうやそうや。もっと早ぅ冷めるし話題が消えると思っとったから相手にせんかっただけやけん」
「じゃあせかっくだし話してあげよう。……家に着いてからね」
今じゃないんかい! というツッコミをしつつ、長居すると建物を管理している人たちに迷惑がかかることも理解できるので、いそいそと身の回りのものの片付けを始めた。
先ほどまで動かなかったココロも体を起こし「さっさと帰ろう」とテキパキと部屋を片付け始めた。
「せや、うちで宅飲みせぇへん? お泊まりグッズはなくともいつでも準備万端やで」
「明日は休みだし、いいかもしれないわね。じゃ、マネージャーに送ってもらいましょ」
マネージャーに宅飲みすることを話すと、せっかくだしお疲れ会してるテイで写真撮ってSNSの更新をしろと言われ、何種類かのパジャマを手渡された。
「突然のことなのになんで用意周到なんですか……」
「前々からやってもらえないか聞こうと思っていたんです。言えずにもう半年ですけど」
「半年間荷物に忍ばせてたってこと!? 面白すぎん??」
「いえ、これは最近買い直したばかりでちゃんと流行りものですよ」
お高そうなロゴが入っている紙袋をココロに渡しながらマネージャーは自信ありげに言う。
パジャマの流行りとは? と流行りものに疎い私はピンとこなかったが、似たようなパジャマが並ぶのを見たことがあるのできっとそれなんだなあと解釈した。
「は? じゃあ前に買ったものは?」
「新品のまま古着屋行きです」
「もったいない。うちにくれればよかったんに……」
「時代遅れのもの送るわけにはいかないでしょう! 今をときめくアイドルに!」
グッと拳を作って力強く言うマネージャー。この人は女性でかなりのアイドル好き。
自分がマネジメントする子は傷つけたり傷つけられない仕事しか選ばない! と公言するほど愛してくれている。
きっとパジャマもそれぞれのイメージにあったパジャマを用意してくれていることだろう。
「さわがしいわ〜。ま、とりあえずそのパジャマ着て皆で写真撮ってSNSアップやな」
「お願いしますね。あ、ビールとかじゃなくてチューハイくらいにしといてください」
「ビールの何がいけないわけ? あたしはビール飲むわよ」
「せ、せめてワイン……」
「嫌よ。好きなビールの名前見せつけたらCMのオファーくるかもしれないし?」
「まだ小さな会場の席がいっぱいいっぱい程度の認知なのにいける?」
その私の一言で静かになってしまう一同。
何か言おうにも焦って何も言葉が出ない私を他所に、ココロは私を見た。
「あたしの魅力があれば大丈夫に決まってんでしょ。まだ世間様に見つけられてないだけ」
「つ、強い……」
「さっすがココロ様や〜」
若干口元を引き攣らせていたユラを目撃してしまった私は、苦笑いを浮かべることしかできなかった。
華やかなステージに華やかな女の子達。
ぐるりと観客席へ平等に手を振った。一瞬目が推しと合った気がしたが、流石に気のせいだろう。
俺はうるさい鼓動を無視して、推しに届くようペンライトを振る。
女の子達は手を振りながら足早にステージから消えていく。
名残惜しそうなファンは、女の子達が去った後を見つめ大きく息を吐いた。
今日のこともしっかりと目に焼き付けておこう。そう胸に誓って――。
◇
アイドルをやっている私、マコ。
3人グループでセンターを任せてもらっている。
「今日も可愛かったぞ」と自身を鼓舞しながら、ガチガチに固めたツインテールを解く。
黒髪を梳き、結び跡が残らないようにしっかりとケアをする。
少し濃いめにした化粧を落としてすぐに肌を労う。
皆が少し落ち着いたところで私は振り返り、いつもの報告をする。
「今日もいたよぉ! 眼福眼福」
「あたしも見つけたよ。あの熊ちゃん目立つもんねぇ」
私の会話にいち早く反応してくれたのは、1番にアイドル衣装を脱ぎ捨てソファでだらりとしていたココロ。
シガレット型のお菓子を咥え、まるでタバコを吸っているかの仕草だ。
ココロは少し前までは本当にタバコを吸っていた。しかし、タバコを吸わない私達のためにと禁煙中。
吸わないまま順調に日が経っている。このまますっかり諦められるのか少し楽しみだ。
ココロはうちのメンバーで1番のお姉さん。
身長はモデル並みに高く、髪は金色のミディアムヘア。垂れ目で唇は厚い。セクシーを売りにしているため、大人の女性好きから人気。
私とは売り方が逆。ココロが好きな人々はきっと私のようなちんちくりんを好きになることはないだろう。
「やっぱりココロ目当てなのかな……」
セクシー売りのココロとキュート売りの私とでは推す人間ももちろん合わない。
ココロが最推しの場合は熊ちゃんを潔く諦めるしかないだろう。
「確かにあたしのグッズをいくつも買ってたみたいだけど……あんたのも買ってたみたいじゃん」
「量の差! 私のはせいぜい使用用、観賞用、保存用くらいでしょ!? ココロの紙袋持ちってことは私よりお金使ってるよ!」
うちは3,000円以上買うとついてくる紙袋がある。
それを私の推しはココロの紙袋のみ所持していたのだ。
「いやいや、汚れても良い紙袋だけ出してる可能性もあんのよ。うちはされてた! 本命は大きなカバンに折れないように入れてるの見たわ!!」
焦茶色のポニーテールを揺らしながら「あの男、絶対許さん!」と顔が言っている。
この怒っている子は私と同期のユラ。
関西弁かと思いきや、どこの訛りとも言えない喋り方。また、お姉ちゃんと呼びたくなるような世話好き。
面白くて可愛い動物の服や小物などが好きでよく集めている。それもあって、自分で考えたおもしろ可愛いTシャツも何度か販売していたりもする。
そのため、ユラ推しはそれが参戦服となることが多い。
「見せびらかしたいだけでは? というかもう1つの紙袋もユラの可能性は? その人ユラ命の人だったでしょ」
「……なるほどね。その可能性は考えとらんかったわ」
さっきまでの怒りはどこへやら。すぐに落ち着きを取り戻しスマートフォンを取り出す。
私もスマートフォンを取り出し今日の反応をエゴサ。
今日も可愛かった。ダンスも歌も上手い。などの反応にニコニコしながら眺める。
もちろん良いことばかりではないが、理不尽な物以外は受け入れられるくらいにはメンタルは強い方だ。
一通り見た後、好物の辛いものを求めてネットサーフィンを始める。
気になったものを手当たり次第お気に入りしていく。後でレビューを確認して購入をする予定だ。
「マコ!」
「はい!?」
「あんたの言う通り、うちの紙袋大事に入れとったみたい」
スマートフォンの画面を私に見せ、確認するように促す。
ユラが私にいつも見せる"おでこ"というユーザーネームの人。かなりの古参で毎回ライブの時は最前列で応援してくれている。
「また個人のSNS覗いてる……」
「あんたも熊ちゃんのSNS見ればえーやん」
「それはちょっと……」
ユラは顔を覚えるのが早い。自分のファンだとわかればチェックし、身だしなみやグッズの購入数までも把握したがる。
プライバシー保護のため、グッズ購入履歴を見ることはできず確実な情報は手に入らないが、写真に載せているグッズの量を見て楽しんでいるタイプ。
「うちならマコのだーい好きな熊ちゃんのSNSもすぐわかるはずや」
「ダメだよ。あと、私が最推しじゃない可能性がある時点で怖すぎ」
身震いする真似をすると、ユラはおかしそうに笑いながらスマートフォンに視線を落とす。
私も更なる辛いものを探しの続きでもしようかと視線を落とす直前に、ココロがぽりぽりと音を立てながらお菓子を砕き、私に聞く。
「……水を差すようで悪いけど、あんたはなんでそんなにその男が好きなの?」
「あ、それ思った。いつから好きなのか、どんな理由なのか。さ、言っちゃいなさいな」
「ちょっと前まではどうでもよさそうだったのに……突然どうしたの?」
「熊ちゃんの話するのグループ結成してからずっとだし……これはただの一目惚れではないな? と思った次第よ」
「そうやそうや。もっと早ぅ冷めるし話題が消えると思っとったから相手にせんかっただけやけん」
「じゃあせかっくだし話してあげよう。……家に着いてからね」
今じゃないんかい! というツッコミをしつつ、長居すると建物を管理している人たちに迷惑がかかることも理解できるので、いそいそと身の回りのものの片付けを始めた。
先ほどまで動かなかったココロも体を起こし「さっさと帰ろう」とテキパキと部屋を片付け始めた。
「せや、うちで宅飲みせぇへん? お泊まりグッズはなくともいつでも準備万端やで」
「明日は休みだし、いいかもしれないわね。じゃ、マネージャーに送ってもらいましょ」
マネージャーに宅飲みすることを話すと、せっかくだしお疲れ会してるテイで写真撮ってSNSの更新をしろと言われ、何種類かのパジャマを手渡された。
「突然のことなのになんで用意周到なんですか……」
「前々からやってもらえないか聞こうと思っていたんです。言えずにもう半年ですけど」
「半年間荷物に忍ばせてたってこと!? 面白すぎん??」
「いえ、これは最近買い直したばかりでちゃんと流行りものですよ」
お高そうなロゴが入っている紙袋をココロに渡しながらマネージャーは自信ありげに言う。
パジャマの流行りとは? と流行りものに疎い私はピンとこなかったが、似たようなパジャマが並ぶのを見たことがあるのできっとそれなんだなあと解釈した。
「は? じゃあ前に買ったものは?」
「新品のまま古着屋行きです」
「もったいない。うちにくれればよかったんに……」
「時代遅れのもの送るわけにはいかないでしょう! 今をときめくアイドルに!」
グッと拳を作って力強く言うマネージャー。この人は女性でかなりのアイドル好き。
自分がマネジメントする子は傷つけたり傷つけられない仕事しか選ばない! と公言するほど愛してくれている。
きっとパジャマもそれぞれのイメージにあったパジャマを用意してくれていることだろう。
「さわがしいわ〜。ま、とりあえずそのパジャマ着て皆で写真撮ってSNSアップやな」
「お願いしますね。あ、ビールとかじゃなくてチューハイくらいにしといてください」
「ビールの何がいけないわけ? あたしはビール飲むわよ」
「せ、せめてワイン……」
「嫌よ。好きなビールの名前見せつけたらCMのオファーくるかもしれないし?」
「まだ小さな会場の席がいっぱいいっぱい程度の認知なのにいける?」
その私の一言で静かになってしまう一同。
何か言おうにも焦って何も言葉が出ない私を他所に、ココロは私を見た。
「あたしの魅力があれば大丈夫に決まってんでしょ。まだ世間様に見つけられてないだけ」
「つ、強い……」
「さっすがココロ様や〜」
若干口元を引き攣らせていたユラを目撃してしまった私は、苦笑いを浮かべることしかできなかった。
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