私の推しは私の推し
3.俺の推し
弟のために買ったグッズを帰り際で手渡す。
紙袋を眺め、目を輝かせ、小さな子供のように無邪気に笑った。
「兄貴も俺と同じグループを好きになってくれて嬉しい。……推し被ってないし。あと、俺の分まで買ってくれてありがとう」
「気にすんな。……というかお前の金だし」
「並ぶのキツいし人酔いする俺的にはすげー助かってます」
アイドルの紙袋が欲しいと3,000円以上の買い物をした俺の弟。
どうやらその子のグッズだけで3,000円以上というわけではなく、使った金額が1番高かった子の紙袋が貰えるシステムらしい。
ほくほくとした顔で受け取った紙袋を、抱きしめて潰しそうな勢いに自然と口角が上がった。
素直で可愛い弟だ。
「気をつけないと潰れるぞ」と言えばしまったと言わんばかりに力を抜き、手提げ紙袋の持ち手を握った。
「……本当に兄貴は貰わなくてよかったの?」
「気にすんな。俺はお前ほどハマってないから」
狂ったように買う弟と比べるとハマってない。そう答えられるが、正直欲しくないわけでもない。
だが、助けた時に一目惚れしたなんて言えるわけもなく、まさか本当にアイドルになっているとは思ってもいなく。
そしてまさか弟の推しと同じチームとは想像もしていなかった。
弟にはアイドルの卵を助けたことを話したことはあるが、それがマコというアイドルだったということは伏せている。
今更言って何か変わるわけでもないし、今更それを掘り返す理由もない。
相手だって、俺のことなどとうの昔に忘れているだろう。
「家に帰ったら祭壇の飾り付け手伝ってくれる?」
「祭壇……確か推しのグッズでまとめたやつのことだったか?」
「そんな感じ。写真撮ってSNSにアップするんだ」
「いいけど、俺センスないぞ?」
「大丈夫! 俺が全部指示するから」
早く帰って取り掛かりたいのだろう弟は、足早に帰路を辿る。
俺は無駄に背が高いので、弟が早足になるくらいが速度として丁度いいくらいだ。
「転ぶなよ」
「ガキ扱いしないで! これでも20超えてるし仕事もしてるんだからな!」
まだ1,2年働いただけだと言うのに、弟はもう社会経験も積んで立派です。という風に誇らしげだった。
とても微笑ましく思う。
家にたどり着くまで、弟はひたすら最推しアイドルのことを語った。
家に帰り、弟の祭壇作りの手伝いをした後、一息入れる。
お気に入りのビール片手にテレビを流し見していると、弟の大声が部屋から聞こえてくる。
何事かと思いノックもせずに部屋へと入ると、弟はなぜか目を輝かせていた。
「兄貴……」
「なんだ。コメントの返信でも来たか?」
「違うけど! 兄貴のビールってこれだよね?」
スマートフォンを近づけられ、画面を見るとそこにはココロがビールを片手に笑顔を向けている写真だった。
「おお、確かにそうだな」
持ったままだったビールとココロの手にあるビールを交互に見て、同じ銘柄であることを確認。
「確か買い溜めしてたよね? 俺にも1本くれない?」
「それは構わないが……お前ビール嫌いじゃなかったか?」
「今好きになりました! この銘柄限定だけどな!!」
「同じつまみ買ってくる」と異様に高いテンションで財布を片手に家を出た。
置き去りにされたスマートフォンを拾い、ココロの口にしているつまみを確認する。
どこのコンビニでもあるようなポテトチップスやファミリーチョコレート。小袋に入っているミックスナッツ。
恐らくこの辺りのつまみを買ってくるつもりだろう。
その隣でどこで買ったんだとツッコミたくなるような高級そうなケーキを頬張る俺の推しマコ。
近くにはブドウやピーチなど甘めなチューハイが並んでいる。
ユラはココロとマコの正面に座り、ワインを呷っている。手元にはウイスキーボンボン。
1番酒に強いことは知っているがそこ合わせるか? と思うほどの酒だ。
酒に弱い弟がユラ推しじゃなくて良かったと心底思ってしまう。
俺も推しと同じものを食べる……なんてマネをしてみたいものだが、甘いものはあまり得意ではないため同じ量を食べたりすることは不可能だろう。
それにしても、ライブ関連のこと以外はあまり発信していなかったため、貴重な写真だ。
だからこそ弟が大声をあげてしまったほどなのだろう。
「ただいま〜。ポテチとチョコ、ナッツも買った! あと、兄貴はどうかなと思ったけど、一応買える分買っといた!」
同じ味のチューハイと似た物を買ってきたのだろうチョコレートケーキ。
「お、おう。ありがとな。ケーキは半分くらい食べて後はお前にやるよ。酒は1缶だけもらうわ」
「わかった。あ、空ける前に写真撮らせて。せっかくだし手入れよ」
「女子かよ」
「今どき女子じゃなくてもするから!! ほら、ピース」
買ったものと冷蔵庫から取り出したビール。「ユラ推しではないけどやっぱ無いのはちょっとね」と料理用に買っていた安いワインをグラスに注ぎ置く。
キラキラのフィルターを使って綺麗な部屋っぽく見せて写真を撮り、ハッシュタグをつけて投稿。
「見てくれるといいなぁ」
生き生きとしている弟に若干引きつつもワインをもらう。つまみとしてもらったケーキを半分くらいワインで流し込んだ後、弟にそれを渡してポテチですぐに味変。塩分に癒された後、マコが飲んでいたブドウのチューハイを少し飲む。
甘ぇ。と眉間に皺を寄せてしまう。弟もきっと今頃微妙な顔を……と思って見てみると、ビールを飲み渋い顔をしている弟。
推しが逆だったらわざわざ体験することもなかっただろうと思いながらも、こういうのもたまには悪く無いなと密かに笑みが溢れた。
弟に誘われなかったら俺はもっと遅れてあの子がアイドルになっていたことを知ることになっていただろう。
そう物思いに耽っていると、弟の目がらんらんとしているのに気づく。
「ねえ!」
「うるっさ……近くにいんだからそこまで大きな声出さなくてもいいだろ」
「パジャマアンケート取ってる!」
「なにそれ」
テンションが上がりすぎていて、俺の注意は届かず耳に響く声のまま言う。
「わかんない! なんかマネージャーがそれぞれに用意してくれてたパジャマを誰に着て欲しいかアンケートとってる」
「サービス精神旺盛だな」
自分のスマートフォンでも内容を確認すると、どんなパジャマかは伏せたまま、マコにココロとユラどちらのパジャマを着てみてほしいか。のようなものがメンバーそれぞれでアンケートをとっていた。
どうやら今着ているパジャマとは別にまだ数着あるのでそちらを着て写真を投稿してくれるらしい。
「やっぱここはマコちゃんのパジャマを着て欲しい気が……」
「結構身長差あるけど大丈夫か?」
「胸がつっかえるとか?」
「身長っつてんだろ。思っても言うなよ……」
ごめーん。と軽く流した弟はユラが着ているパジャマを眺めながら「ユラちゃんのおもしろアニマル系のパジャマもいいな」ととても真面目な表情で言う。
パジャマを着てもらうだけなのに大袈裟な……と思いながらも、どちらのパジャマも捨てがたいなと考えている俺も同類かもしれない。
紙袋を眺め、目を輝かせ、小さな子供のように無邪気に笑った。
「兄貴も俺と同じグループを好きになってくれて嬉しい。……推し被ってないし。あと、俺の分まで買ってくれてありがとう」
「気にすんな。……というかお前の金だし」
「並ぶのキツいし人酔いする俺的にはすげー助かってます」
アイドルの紙袋が欲しいと3,000円以上の買い物をした俺の弟。
どうやらその子のグッズだけで3,000円以上というわけではなく、使った金額が1番高かった子の紙袋が貰えるシステムらしい。
ほくほくとした顔で受け取った紙袋を、抱きしめて潰しそうな勢いに自然と口角が上がった。
素直で可愛い弟だ。
「気をつけないと潰れるぞ」と言えばしまったと言わんばかりに力を抜き、手提げ紙袋の持ち手を握った。
「……本当に兄貴は貰わなくてよかったの?」
「気にすんな。俺はお前ほどハマってないから」
狂ったように買う弟と比べるとハマってない。そう答えられるが、正直欲しくないわけでもない。
だが、助けた時に一目惚れしたなんて言えるわけもなく、まさか本当にアイドルになっているとは思ってもいなく。
そしてまさか弟の推しと同じチームとは想像もしていなかった。
弟にはアイドルの卵を助けたことを話したことはあるが、それがマコというアイドルだったということは伏せている。
今更言って何か変わるわけでもないし、今更それを掘り返す理由もない。
相手だって、俺のことなどとうの昔に忘れているだろう。
「家に帰ったら祭壇の飾り付け手伝ってくれる?」
「祭壇……確か推しのグッズでまとめたやつのことだったか?」
「そんな感じ。写真撮ってSNSにアップするんだ」
「いいけど、俺センスないぞ?」
「大丈夫! 俺が全部指示するから」
早く帰って取り掛かりたいのだろう弟は、足早に帰路を辿る。
俺は無駄に背が高いので、弟が早足になるくらいが速度として丁度いいくらいだ。
「転ぶなよ」
「ガキ扱いしないで! これでも20超えてるし仕事もしてるんだからな!」
まだ1,2年働いただけだと言うのに、弟はもう社会経験も積んで立派です。という風に誇らしげだった。
とても微笑ましく思う。
家にたどり着くまで、弟はひたすら最推しアイドルのことを語った。
家に帰り、弟の祭壇作りの手伝いをした後、一息入れる。
お気に入りのビール片手にテレビを流し見していると、弟の大声が部屋から聞こえてくる。
何事かと思いノックもせずに部屋へと入ると、弟はなぜか目を輝かせていた。
「兄貴……」
「なんだ。コメントの返信でも来たか?」
「違うけど! 兄貴のビールってこれだよね?」
スマートフォンを近づけられ、画面を見るとそこにはココロがビールを片手に笑顔を向けている写真だった。
「おお、確かにそうだな」
持ったままだったビールとココロの手にあるビールを交互に見て、同じ銘柄であることを確認。
「確か買い溜めしてたよね? 俺にも1本くれない?」
「それは構わないが……お前ビール嫌いじゃなかったか?」
「今好きになりました! この銘柄限定だけどな!!」
「同じつまみ買ってくる」と異様に高いテンションで財布を片手に家を出た。
置き去りにされたスマートフォンを拾い、ココロの口にしているつまみを確認する。
どこのコンビニでもあるようなポテトチップスやファミリーチョコレート。小袋に入っているミックスナッツ。
恐らくこの辺りのつまみを買ってくるつもりだろう。
その隣でどこで買ったんだとツッコミたくなるような高級そうなケーキを頬張る俺の推しマコ。
近くにはブドウやピーチなど甘めなチューハイが並んでいる。
ユラはココロとマコの正面に座り、ワインを呷っている。手元にはウイスキーボンボン。
1番酒に強いことは知っているがそこ合わせるか? と思うほどの酒だ。
酒に弱い弟がユラ推しじゃなくて良かったと心底思ってしまう。
俺も推しと同じものを食べる……なんてマネをしてみたいものだが、甘いものはあまり得意ではないため同じ量を食べたりすることは不可能だろう。
それにしても、ライブ関連のこと以外はあまり発信していなかったため、貴重な写真だ。
だからこそ弟が大声をあげてしまったほどなのだろう。
「ただいま〜。ポテチとチョコ、ナッツも買った! あと、兄貴はどうかなと思ったけど、一応買える分買っといた!」
同じ味のチューハイと似た物を買ってきたのだろうチョコレートケーキ。
「お、おう。ありがとな。ケーキは半分くらい食べて後はお前にやるよ。酒は1缶だけもらうわ」
「わかった。あ、空ける前に写真撮らせて。せっかくだし手入れよ」
「女子かよ」
「今どき女子じゃなくてもするから!! ほら、ピース」
買ったものと冷蔵庫から取り出したビール。「ユラ推しではないけどやっぱ無いのはちょっとね」と料理用に買っていた安いワインをグラスに注ぎ置く。
キラキラのフィルターを使って綺麗な部屋っぽく見せて写真を撮り、ハッシュタグをつけて投稿。
「見てくれるといいなぁ」
生き生きとしている弟に若干引きつつもワインをもらう。つまみとしてもらったケーキを半分くらいワインで流し込んだ後、弟にそれを渡してポテチですぐに味変。塩分に癒された後、マコが飲んでいたブドウのチューハイを少し飲む。
甘ぇ。と眉間に皺を寄せてしまう。弟もきっと今頃微妙な顔を……と思って見てみると、ビールを飲み渋い顔をしている弟。
推しが逆だったらわざわざ体験することもなかっただろうと思いながらも、こういうのもたまには悪く無いなと密かに笑みが溢れた。
弟に誘われなかったら俺はもっと遅れてあの子がアイドルになっていたことを知ることになっていただろう。
そう物思いに耽っていると、弟の目がらんらんとしているのに気づく。
「ねえ!」
「うるっさ……近くにいんだからそこまで大きな声出さなくてもいいだろ」
「パジャマアンケート取ってる!」
「なにそれ」
テンションが上がりすぎていて、俺の注意は届かず耳に響く声のまま言う。
「わかんない! なんかマネージャーがそれぞれに用意してくれてたパジャマを誰に着て欲しいかアンケートとってる」
「サービス精神旺盛だな」
自分のスマートフォンでも内容を確認すると、どんなパジャマかは伏せたまま、マコにココロとユラどちらのパジャマを着てみてほしいか。のようなものがメンバーそれぞれでアンケートをとっていた。
どうやら今着ているパジャマとは別にまだ数着あるのでそちらを着て写真を投稿してくれるらしい。
「やっぱここはマコちゃんのパジャマを着て欲しい気が……」
「結構身長差あるけど大丈夫か?」
「胸がつっかえるとか?」
「身長っつてんだろ。思っても言うなよ……」
ごめーん。と軽く流した弟はユラが着ているパジャマを眺めながら「ユラちゃんのおもしろアニマル系のパジャマもいいな」ととても真面目な表情で言う。
パジャマを着てもらうだけなのに大袈裟な……と思いながらも、どちらのパジャマも捨てがたいなと考えている俺も同類かもしれない。