私の推しは私の推し

7.誕生日

 熊ちゃんと出かける頻度が増えたおかげで、焦ったり照れたりが落ち着いた頃。

 
 辛いラーメンが食べられると聞いた店でラーメンを2人で食べて、次はどこの辛い食べ物を食べようかなんて相談して。
 これで付き合ってないんだから健全すぎる。

 服を見たり雑貨を見たり。カラオケで持ち歌を披露してみたり。楽しい時間はあっという間だった。

「そろそろ夕食にしましょう。予約しているんです」

 熊ちゃんはなんてスマートなんだろうと深く考えずついて行く。
 なんだかいつもと違って少しお高そうな店だな〜と呑気に思いつつ店に入って、個室へと通され足を休める。

「今日は奮発してコース料理ですよ」

 ニコニコと笑う熊ちゃんにつられて「楽しみ!」とニコニコと笑う。

 少しずつ提供される料理を食べきり、デザートへ。

 なぜか明かりが消え、現れたのは2人分にしては大きいケーキにロウソクが複数。店員さんがロウソクに火をつけると、花火みたいにピカピカと光っている。

 チョコレートプレートには「真 誕生日おめでとう」と書かれていて、思わず熊ちゃんを見た。
 本名は言っていないし、誕生日も教えていない。どうして知っているのかと聞こうとした瞬間、背後からパンッと大きな音が鳴り思わず跳ねる。
 
「マコ〜!! おめでとう!」
「サプライズよ」

 背後にはクラッカーを持っているココロとユラ。
 誕生日やクリスマスなど、パーティーはいつも3人で話し合って家で楽しんでいた。
 だからなのか、自分の誕生日だということをすっかり忘れていて、今ここにいるのだ。

「ありがとう! 誕生日すっかり忘れてたよぉ」
「そうだろうと思った。いつもそろそろ誰かの誕生日だね〜で準備するから」
「熊ちゃんも手伝いたい祝いたいって言うからな〜。今回は秘密裏に動いてたんや」
「黙って連れてきてしまってすみません。喜んでいただけていれば幸いです」
「すごく嬉しいです! 私にも熊谷さんの誕生日教えてくださいね」
「推しに祝ってもらえるなんて、贅沢ですね」

 はにかむ姿がとても可愛いくじっと眺めてしまう。それに気づいた熊ちゃんは、照れながら逸らすように「願い事を心の中で唱えながらロウソクを消してください」とろうそくを指す。

「わかりました。では……」

 皆と一緒にまた誕生日をお祝いできますように。フッと息を吹きかけ火を消す。薄暗かった部屋に明かりが灯り、プレゼントの山が目に映る。

「え、いつのまに!」
「話してる間に持ってきました」

 マネージャーはプレゼントの山の後ろから出てきた。台車で持ってきたようで、隅に台車を寄せた。
 
「マネージャーまでいる! いつも断るのに……」
「今日は特別です。熊谷さんはお手伝いさんとして招いたテイです。これからライブ中継しますからね。熊谷さんはこれを被ってくださいね」

 どこから取り出したのか、マネージャーは狐面を熊谷さんへと渡す。熊谷さんは動揺することも躊躇うこともなく狐面を受け取り被る。
 
「聞いてないよ!」
「言ってませんもん。今年から1人1人やっていきますからね。熊谷さんもそのつもりで」
「はい。……これは蛇足ですが、弟には筋肉を見込まれたことにしてここに来てたりします」

 ファンの中でも最も力持ちで誠実な人を雇い、イベントごとを手伝ってもらいたいとマネージャーが希望。
 SNSでも募集をかけたように見せかけていたとか。
 もちろんまだまだの私たちのために志願する人は少なく、また全てに当てはまった人などそうそう現れるわけもなかった。
 そして、それに1番当てはまったのが熊ちゃんだった。元々熊ちゃんを使うつもりだったのだから当たり前なのだが、弟くんも兄貴なら全部当てはまるし選ばれるのは当たり前だと大喜びだったそうな。
 
 それを狐面のまま私に説明をしてくれる熊ちゃん。

「私のことでそこまで?」
「こっちとしては、メリットだらけだったからいいのよ。力持ちでボディーガードに適してそうで、時間に余裕がある人――なんてそうそういないでしょ」
「せやせや。会った時からこの人良い人やし、サポーターとして申し分ないって思っとったから」

 熊ちゃんは趣味で筋トレをしており、力仕事に適している。また、フリーでエンジニアの仕事をしていることもあり、時間を作ることは容易いのだ。

「さ、お話はそれくらいにしてください」
「はい。しっかりアイドルを務めさせていただきまーす」

 こうして私の誕生日パーティーは仲間やファンと一緒に賑やかに終わったのだった――。


 ◇


 誕生日パーティーも終わり、一足先に会場を後にした私と熊ちゃん。
 夜遅いからと送ってくれるのだそう。
 推しにこんな近くで祝ってもらって、家まで送ってもらえて……こんなこと、あっても良いのだろうか。
 ふわふわした気持ちで自然と笑顔になってしまう。

 家に辿り着いていつもなら周りを気にしていることもあり「ありがとうございました」と言って足早に別れるはずが、熊ちゃんはそこから動かなかった。

「すごく今更なんですが、言ってもいいですか」
「え、え、何をですか」

 真剣な表情を浮かべる熊ちゃんに思わず動揺を隠せない。
 何かやらかしたのか? それとも推し変しちゃったか? そんな悪いことしか思いつかない。
 だってセンターなのに私のことを推してくれる人は、グループの中で1番少ないから。

「烏滸がましくも女性として好きになりました。付き合っていただけますか?」
「え?」

 頭の中をぐるぐるしていた不快な妄想は全て吹っ飛び、好きになったと言う熊ちゃんの言葉が何度も頭に響く。
 自覚した瞬間全身に熱を帯び、言葉にもなっていない声が口から漏れ出す。

「や、あ、え……ええ??? 私のことが、好き?」
「はい。真さんのことが好きです」

 私は初めて眠れない夜を過ごしたのだった。

 でも返事はいらないと言われ、恋人にはなれなかった。
 しょうがないよね。私はアイドルだから。
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