政略結婚は純愛のように番外編〜クリスマスプレゼント〜

クリスマスパーティ

日が落ちた日本庭園に、しんしんと雪が降り積もっている。

子供たちが生まれてから買ったクリスマスツリーが飾られた加賀家のリビング。大きなダイニングテーブルにはたくさんのごちそうが並んでいる。

沙羅の大好きな唐揚げとポテトサラダ、大人用のオードブルと魚介類を使ったパスタ、隼人のための離乳食。


由梨と秋元が、腕によりをかけて作ったものだ。

テーブルを囲んでいるのは、由梨と秋元、沙羅と隼人の四人である。ベビーチェアに座る隼人が、普段とは違う雰囲気に興奮しているのか目をキラキラさせてテーブルを小さな手でバンバンと叩いた。
 
今日は12月24日。
 
四人はクリスマスパーティーの準備を整えて、隆之の帰りを待っている。

30分ほど前に、会社を出たというメッセージが由梨の携帯に入ったから、もうまもなく帰ってくるだろう。

「じいじ、プレゼントありがと!」
 
由梨が飲み物とグラスを準備するのを横目に、沙羅は秋元が手にしている携帯で、カメラをオンにしての通話中だ。
 
画面に向かって、大きな声でお礼を言っている。

相手は隆之の父である隆信だ。

今日の午前中、子供たち宛に、隆信から荷物が届いた。ふたりへのクリスマスプレゼントである。
 
隼人へは音が鳴る絵本、沙羅には彼女が大切にしているプリンセスの人形のドレスセットだった。

「気に入ったかな?」

「うん!」

「それはよかった。サンタさんにはなにをお願いしたのかな?」
 
優しい声で隆信が沙羅に問いかけている。

「んとね、プリンセスの大きなお城!」

「お城か。なら明日は、そのドレスをプリンセスに着せて舞踏会だな」

「うん」
 
可愛いふたりのやり取りに、由梨と秋元は視線を合わせてふふふと笑った。
 
市内の介護付きマンションに住む隆信のところへは、時間を見つけてなるべくたくさん子供達を連れて会いに行くようにしている。

優しい隆信のことを沙羅は大好きで、ふたりは大の仲良しなのだ。

隆信は、一線を退いたとはいえまだまだ加賀グループに影響力のあるこの地域の重鎮とも言える人物だが、沙羅にかかると甘いじいじになってしまう。

「だけど、王子さまがいないのよ。だから舞踏会はぬいぐるみと踊るのよ」
 
沙羅が可愛くため息ついた。
 
サンタさんからのプレゼントを選ぶ際、彼女は随分と悩んでいた。

持っているプリンセスの人形の、お城にするのか王子様の人形にするか……。結局お城にしたのだが、まだ未練があるのだろう。
 
残念そうにする沙羅に、隆信が反応する。

「なに、王子さまがいないのか?」

「うん、だから沙羅のプリンセス、お城にひとりで住むの」

「それは寂しいな……」
 
そう言って何やら考え込む隆信に、由梨は少し慌てて口を挟んだ。

「お義父さん、こんばんは」
 
このままでは、隆信が王子様の人形もプレゼントすると言い出しかねないと思ったからだ。
 
画面の端から少し顔を覗かせる由梨に気がついて、隆信がにっこりと笑った。

「ああ、由梨さんこんばんは。そちらは賑やかなようだな」

「はい、お義父さんお加減はどうですか? お越しいただけるのを楽しみにしていたのですが」
 
本当はこの場に隆信もいるはずだったのだ。隆信のいる介護付きマンションは二十四時間体制で看護師と医師が見守っている。

けれど体調がよければ外出は自由だから、家に帰ってきてもらって、みんなでパーティを楽しもうと計画していた。
 
だが、三日前から隆信に咳が出て、念のため外出を見合わせることになったのだ。

「大丈夫そうだ。熱も出なかったし、咳も治った」

「よかったです。なら、明日か明後日こちらからお伺いしてもいいですか?」

「もちろんだよ。だけど、雪がひどいようなら無理しないようにな」

「はい」
 
隆信からの気遣いに、由梨は温かい気持ちで頷いた。

隆信はいつも由梨と子供たちにこれ以上ないくらいに優しくしてくれる。

「じいじ、またね!」
 
手を振る沙羅と、あばあばと声をあげる隼人を映してから、秋元が通話を終了した。

「大旦那さま、相変わらずデレデレでしたね」
 
秋元がくすくすと笑った。

「息子の時と孫でこうも変わるとは。息子の時とえらい違いです」

「隆之さんの時は、お義父さんどんな感じだったんですか?」
 
携帯の画面を閉じる秋元に、由梨は尋ねた。

「そりゃあまぁ、旦那さまを大切に思ってらしたのは確かでしょうが、あまり態度には出されていませんでしたね。なんと言っても加賀家の後継ですから、立派に育てなくてはというお気持ちもあったでしょうし。厳しかったくらいで」

「ねぇねぇ、あきもばあば。お父さんは子供の時サンタさんからなにをもらったの?」
 
沙羅が秋元に問いかける。

彼女は秋元が隆之が幼い頃からそばにいるのを心得ていて、ときどきこうやって父親の話を聞きたがる。

秋元もそれに応えて、嬉しそうに話してやるのが、最近の加賀家ではよく見られる光景だ。
 
由梨も密かに楽しく聞いている。

今も父親の帰りを待ちきれず早く食べたいとベビーチェアを揺らし始めた隼人に、先に離乳食をあげながら、ふたりのやり取りに耳を傾ける。

「お父さんのプレゼント? なんだったかなぁ……」
 
首を傾げる秋元に、沙羅が眉を寄せた。

「お父さんのところにサンタさん来た? お父さん、あきもばあばあの言うこと全然聞かなかったんでしょ?」
 
彼女は、これまで聞いた話から、小さな頃の隆之が相当やんちゃだったと知っている。

いい子のところに来てくれるというサンタクロースが、そんなやんちゃな子供のところに来たのかを、疑問に思ったようだ。

「ええ、それはもちろん。……ああ、そういえば」
 
秋元が思い出したように声をあげた。

「確か、おもちゃの剣をサンタさんにお願いしていたことがあったかな。テレビに出てくるなんとかレンジャーとかの」

「剣! ゆうくんも剣をお願いするって言ってた! ジャキーンって音が鳴るの」

「そうそう、そういうやつ。サンタさんお父さんのお願いを聞いて、ちゃんと欲しいものをプレゼントしてくれて。それで大喜びで振り回していたよ」
 
秋元が懐かしそうに目を細めた。

「で、部屋に飾ってあったクリスマスツリーに切り掛かっていったもんだから、ツリーが倒れちゃって大変だった。大旦那さまに叱られて、剣を取り上げられたもんだから、泣いて泣いて……」
 
その話に、由梨は口元に笑みを浮かべる。小さな隆之がやんちゃで大変だったという話を聞くのが、由梨は大好きだ。
 
一方でまだ小さい沙羅の方はそうではないようで、険しい表情になった。

「えー、そんなことしたらダメなのに」
 
今年のツリーの飾りつけは、沙羅もたくさん手伝ってくれた。随分と頑張ってくれていた彼女にとってはツリーを剣で倒すなんて、言語道断なのだろう。
 
その時、廊下へ続くリビングのドアが開いた。

「ただいま」
 
隆之が帰ってきたのだ。
皆いっせいに彼に注目する。

「おかえりなさい」

「おかえりなさいませ」

「おかえり!」

隆之は、コートを脱ぎリビングのソファに置いて戻ってくる。

離乳食だらけの口で、あぶー!と声をあげる隼人の頭を優しく撫でて、沙羅のところへ歩み寄り彼女を抱き上げた。

「ただいま、沙羅」

「沙羅、お父さん、パーティに間に合ってよかったね」
 
由梨は沙羅に向かって声をかけた。
 
今日は早く帰れそうだということはあらかじめ聞いていた。けれど彼の立場上、その時になってみないとわからないというのが本当のところだ。

直前で急用が入り、家族の予定に参加できなくなったことは何度もある。だからそう声をかけたのだが、今の彼女はそれよりも気になることがあるようだ。
 
何時間ぶりかの娘をこれ以上ないくらい優しい目で見つめる父親を、頬を膨らませて睨んだ。

「お父さん、ダメじゃない。ツリーをたおしたら」

「ツリーを? なんのことだ?」
 
不思議そうに聞き返す隆之に、由梨は説明する。

「秋元さんから、小さい頃のお父さんの話を聞いてたの。プレゼントに剣をもらってクリスマスツリーに切り掛かってたって」
 
するとそれを聞いた隆之は、秋元をじろりと見る。

また余計なことを娘に教えたなという目である。

けれど秋元はどこ吹く風で、離乳食を食べる隼人を携帯で撮っている。
 
こんなふたりのやり取りも、加賀家では最近よく見る光景だ。

「そんな大昔の話……お父さんは覚えてないな。それより沙羅にお土産があるよ」
 
隆之が言うと、沙羅がパッと明るい表情になった。

「お土産?」
 
隆之が彼女を床に下ろして、テーブルの脇に置いた紙袋を持ってくる。中にはラッピングされた包みがふたつ。

小さい方を離乳食に夢中な隼人の前に置き、大きな方を沙羅に渡す。

「お父さんとお母さんからのクリスマスプレゼントだ」
 
その言葉に、沙羅が大きな目を輝かせて声をあげた。

「お父さんとお母さんから? ありがとう!」
 
秋元が「あれ、まぁ」と呟いた。
 
沙羅から見れば、サンタと隆之は別人だが、当然だが実際は同一人物。つまり彼は子供たちに2回プレゼントを渡すことになる。
 
由梨の方は事前に相談されていたから、驚きはない。喜ぶ沙羅をまるで自分がプレゼントをもらったかのように嬉しそうに見つめる彼をあたたかい気持ちで見ている。

「お母さんも、ありがとう」
 
包みを抱えたまま、沙羅が離乳食で手が離せない由梨のところへやってきて、由梨の頬にキスをした。

「どういたしまして」
 
由梨の胸はあたたかい思いでいっぱいになる。彼女はこの他、秋元からもプリンセスの小物セットをもらっている。
 
両親からふたつもプレゼントをあげるなんて甘やかしすぎかな?と思ったけれど、あげてよかったと思った。
 
隼人が生まれてからは、どうしても彼を優先しなくてはならない場面がある。

その分、隆之が彼女を優先しているが、そもそも隆之は家にいられる時間が短い。
 
それでも彼女は、隼人を可愛がり、ときどき由梨の手伝いをしてくれることもあるのだ。彼女が持つ天性の明るさが、忙しくする由梨の心を何度も癒してくれた。

「なにかな? 開けてみたら?」
 
にっこり笑ってそう言うと、彼女はさっそくリビングのラグの上に走っていき、包みを開け始めた。
 
隆之は、隼人の前の小さな包みを彼の代わりに開けてやっている。隼人の包みの中身は、音が鳴るスマートフォン型のおもちゃだ。

まだ電池は入っていないけれど、カラフルな形に隼人が目を輝かせて「おー!」と足をバタバタさせた。

「ふふ、おもしろそうだね」
 
由梨がちょうど離乳食を食べ終えた彼の口を拭くと、隆之が隼人を抱き上げプレゼントを握らせる。

嬉しそうにおもちゃにかぶりつく隼人のもちもちのほっぺにキスをした。

「おやおや、こっちの旦那さまは、子供たちにもデレデレですね」
 
そう言って秋元が微笑んだ時。

「王子さまだー‼︎」
 
リビングに沙羅の歓声が響き渡った。
 
そう、両親からのプレゼントは、彼女がお城と迷いに迷って諦めた王子さまの人形だ。
 
飛び上がって喜ぶ沙羅に、由梨と隆之は目を合わせて微笑んだ。
 
由梨の胸が幸せな思いでいっぱいになっていく。

ふたりの子の育児には慣れつつある。それでも大変だと思うことはしょっちゅうだ。体調を崩さないように、怪我をしないようにと、気が休まる時はない。
 
でもこんな瞬間を目にすると、すべてが吹き飛んでしまう。

「お腹いっぱいなったか?」
 
優しく隼人に話しかける隆之の向こうで、沙羅が一旦寝室へ行き、プリンセスの人形を持ってくる。そしてふたつの人形を向かい合わせに持った。

「『はじめまして、プリンセス!』『はじめまして王子さま』」
 
さっそく人形たちの顔合わせをしているようだ。

「『わたしのおしろへようこそ』『おまねきいただきありがとうございます』」
 
可愛い人形同士のやり取りに、由梨はふふっと笑ってしまう。
 
隆之も優しい目で見つめている。
 
……けれど。

「『ぼくの名前はゆう王子です。プリンセス、どうぞよろしくお願いします』」
 
王子さまの人形に、沙羅がつけた名前に顔をしかめ、残念そうに目を閉じた。
 
由梨はぷっと噴き出して、くすくすと笑った。
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