政略結婚は純愛のように番外編〜クリスマスプレゼント〜

その後のふたり

子供たちを寝かしつけて、寝室から出てくると、リビングのソファに座る隆之が意味深な笑みを浮かべてこちらに向かって手招きをしている。
 
相変わらずしんしんと降る雪を横目に、由梨は首を傾げながら、彼の隣に腰を下ろした。

「どうかした?」
 
尋ねると、彼は小さな包みを由梨に向かって差し出した。

「メリークリスマス」

「え? 私に? ……ありがとう」
 
驚きながら、由梨はその包みを受け取った。上品なゴールドの包みをそっと開けると中身は、ネックレスだった。
 
ダイヤと思しき宝石と、青い石が雪の結晶のように散りばめられている繊細なデザインだ。

「きれい……」

「由梨に似合うと思ったんだ」

「ありがとう」
 
まさか自分にもプレゼントがあるとは思わなかった。その上、こんな素敵な物だとは。
 
箱から出して近くで見ると、照明の元、ネックレスはキラキラと輝いている。

「着けてみてくれる?」
 
にっこり笑って隆之が言う。

「あ、うん」
 
由梨は素直に頷くが、自分の首元に触れて、どうしたものかと考えた。
 
さっき子供たちと一緒にお風呂に入ったから、すでにパジャマを着ている。

襟付きのパジャマの上からでは繊細なチェーンのネックレスは着けにくい。

しかも柄のあるパジャマなので、ネックレスが綺麗には見えない。

「えーっと」
 
このまま着けようかどうしようかと迷っていると、隆之の手がゆっくりと伸びてきて由梨の襟元に触れる。

「っ……」
 
少し戸惑う由梨のパジャマのボタンを胸元のあたりまで外し、ネックレスを付けやすいように優しく広げた。

「あ……ありがとう」
 
小さな声でお礼を言うと、彼は瞬きで答えた。首元に感じる少しひんやりとした空気。代わりに、頬が熱くなった。
 
彼はただ、ネックレスを着けやすいようにしてくれただけ。結婚してから何年も経つ夫婦なんだから、このくらいはなんでもないことだ。
 
それなのに由梨の心臓がドキドキと大きな音を立てているのは、彼の目がじっと自分を見つめているからだろう。
 
彼のこの目に見つめられると、由梨の鼓動はひとりでに早くなる。それは何年経っても変わらない。
 
由梨は目を伏せて、ネックレスを着けようとする。
 
けれどどうしてかうまく着けられなかった。それほど複雑ではないネックレスのチェーンがうまく繋げられない。

「やってあげる」
 
隆之が由梨のうなじに手を回して、チェーンを着ける。そのまま腰に腕を回して由梨を抱き、満足そうに微笑んだ。

「やっぱり、よく似合うよ」

「ありがとう」
 
ドキドキしながら由梨は答えた。
 
やっぱり彼の目を見られなくて、視線は彼の胸元に固定したまま。

「す、すごく素敵なネックレスだから、私にはもったいないような気がするけど」

「そんなことないよ。由梨のために作られたようなネックレスだ」

「そ、そうかな……。だけど普段使いするのはちょっと難しいかも。着けてたら、隼人にちぎられちゃうし」
 
少し残念な気持ちで由梨は言う。
 
せっかくだから、ネックレスを着けているところをたくさん彼に見てほしかった。
 
けれど小さな子供を抱えている今、ドレスアップして出かける機会はそうそうない。
 
由梨は今年のクリスマスプレゼントとして、彼にカシミヤのカーディガンをプレゼントした。

秋元と一緒に子供たちの冬物を買いにいった際に、一目惚れしたものだ。
 
上質な素材でできたそのカーディガンは、暖かくて肌触りが最高で、彼が家でくつろぐ際にぴったりだと思ったのだ。

クリスマスまで待ちきれずに、はじめて氷点下を記録した日の夜に渡した。

彼はそれを気に入ってくれて家族で過ごす時間によく着ている。

由梨はそれを見るたびに嬉しい気持ちになるのだ。
 
そんな気持ちがわかるからこそ、ネックレスをしまったままにするのは申し訳ない。

「年明けの親戚周りは、着物にするって段取りしてて……もう美容室も予約しちゃったし」
 
そう言って由梨は眉を下げた。

「いいよ、俺とふたりの時に、こうやって着けてくれれば」
 
優しい言葉が返ってきて、顔を上げると隆之がじっとこちらを見つめている。由梨の心臓がドキンと跳ねた。

「このネックレスを着けている由梨を俺が見たいからプレゼントしたんだ。どこにも出かけなくても、こうやって見られたらそれでいい」

「そんな……」
 
それはあまりにももったいない話だ。
 
自分ではアクセサリーを買わない由梨にはこのネックレスの値段など見当もつかない。

けれどどう考えても、こうやってふたりの時に着けるためだけのためのプレゼントとしては高価すぎる。

「俺は満足だよ」
 
そう言って彼は、由梨を抱く腕に力を込めて首にキスをする。

「ちょっ……!」
 
少し固い癖のある彼の髪が、由梨の頬をくすぐった。首筋に感じる甘い唇の感覚に、声をあげて彼の身体にしがみつく。

「た、たか……!」

「由梨、愛してるよ。大好き」
 
そのまま耳に胸元に、キスをしながら甘い言葉を囁いていく。

「綺麗だよ」
 
そんな彼の様子に、由梨は、これは……と思い彼の服をギュッと握った。

「た、隆之さんっ……!」
 
声をあげて彼の胸を力を込めて押し、軽く睨んだ。

「もう……隆之さん、酔っ払ってるでしょう?」
 
隆之が、由梨を腕に閉じ込めたまま眉を上げ、ふっと笑った。

「うん、ちょっと」
 
近頃の彼は、家ではあまりアルコールを口にしない。隼人の授乳でアルコール飲めない由梨を気遣ってくれているのだ。
 
けれど今日はせっかくのパーティなのだからと由梨は彼にワインを勧めた。

そんなにたくさんの量を飲んでいたわけではないが、沙羅の話を聞きながら、楽しく食事をしているうちに、いつもより早くアルコールが回ったのだろう。
 
彼のこの少し浮かれた言動は、そのせいだ。

「やっぱり……」

「でも全部本心だ」
 
そう言って彼は由梨を再び抱き寄せて、耳に囁く。

「さすが。結婚して何年も経つと、もうなんでもお見通しだな」
 
低い声音が耳をくすぐる感覚に、由梨は漏れそうになる吐息を噛み殺した。

「なら、俺が酔うと、なにを欲しがるかもわかるよな?」

「……だ、だけど私まだ、片付けが終わってな……」
 
由梨は、パジャマのボタンを外そうとする隆之の手を、力の入らない手で押さえる。
 
パーティの後片付けは、ほとんどを秋元と一緒にしたけれど、まだ少し残っている。

あとは、子供たちを寝かしつけてからにしようと思っていたのだ。

「そんなの後で俺がやっておくから」

「そ、そういうわけには……」
 
口では抵抗するけれど、もはやあまり意味がないのはわかっていた。
 
彼の香りに包まれて、大きな手と唇に刺激されて、由梨の身体と呼吸が急速に温度を上げていく。

「由梨、こっちを見て」
 
もう抗うことはできなかった。

「俺にもクリスマスプレゼントをくれる?」
 
——クリスマスプレゼントは、もうすでにあげたのにという言葉は、頭の片隅で甘く溶けてなくなった。
 
大好きな彼の瞳を見つめたまま、由梨はこくんと頷いた。
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