龍神様と私の幸せな世界
椿の住む街は自然豊かで、田んぼや畑の多い地域である。
しかしそんな地域であっても、少しずつ緑や自然が失われ、田んぼや畑のあった場所には、次々と家が建設されていた。
だというのに、辺りには田んぼや畑が多く、高い建物や住宅が一切ないように思われた。
不思議に思いながらも、椿は急いで自宅への道を歩いた。
(この角を曲がれば、うちの明かりが見える…)
憂鬱な気持ちをぐっと堪えて、椿は十字路の角を曲がる。
しかし。
「え……?」
そこには何もなく、ただただまっさらな土地が存在するだけだった。
椿の住んでいるアパートは影も形もなかった。
(道、間違えた…?そんなわけない。生まれてからずっとあの家に住んでいるんだもの)
しかし辺りを見回してみても、見知った建物がない。
(確かにこの角の先のはずなのに…)
寧ろ知らないお店がまばらにある。
椿はもう夜で閉店してしまったらしい、お店らしき建物を見て回る。
(ここは八百屋さん?隣は駄菓子屋さん、かな?畳屋さんなんて初めて見た…)
椿は小一時間ほど、自宅のあるはずの周辺をふらふらと歩き回ってみたのだが、自宅のアパートは見つからなかった。
そこに一人の中年男性が通りかかった。スーツ姿に杖を持ち、中折れ帽を被った品の良さそうな男性だ。
普段の椿なら声を掛けたくてもなかなか掛けられずもたもたとするのだが、混乱していた椿は慌ててその男性に駆け寄った。
「す、すみません…っ」
椿が声を掛けると、男性は不思議そうに立ち止まった。
「あ、あの、こちらにアパートがあったかと思うのですが…」
椿は開けた土地を指差しながら、懸命に説明する。
しかし男性は首を捻った。
「あぱあと?なんだそれは。そんな名前のもの、聞いたこともないが…」
「え……?」
椿が固まってしまうと、男性は不審そうに首を傾げながら「失礼するよ」とその場を去ってしまった。
(アパートが、ない……?)
椿はますます混乱に陥る。
(どうしよう…この歳で、迷子になっちゃったのかな…)
椿はスーパーのある駅の方の交番に向かうことにした。
きっと母親にはものすごく怒られるだろう。けれど、このまま帰れないのも困る。
椿は仕方なく、交番の警官に頼ることにしたのだ。
(もしかしたら家まで送ってくれるかもしれないし、お母さんに電話してくれるかもしれない)
椿はしんしんと雪の降りゆく中、駅へと向かった。
しかし。