龍神様と私の幸せな世界
「さあさあ、寒かったろう?早く身体を暖めないと」
「え、え?あのっ…」
椿が戸惑っている間にも、水司祢はさっさと歩いていってしまう。
境内にある社務所へやってくると、その中に案内される。
そこは思ったよりもかなり広く、アパート住みの椿には一軒家のことは分からないが、お屋敷のようだと思った。
(社務所ってこんなに広かったんだ…)
いつも社務所の前のベンチに腰を降ろしてはいたのだが、奥の方は木々に埋もれて、しっかりとその姿を見たことはなかった。
「さあ、椿。ゆっくりと温まるんだよ」
そう言って通されたのは、お風呂場だった。
「え?あ、いや、あの、」
戸惑う椿を優しく撫でた水司祢は、「話はあとでゆっくり聞くからね」と言って、どこかに言ってしまった。
一人ぽつんとお風呂場に残された椿は暫しそこで躊躇していたのだが、ここで水司祢を追いかけたところで話を聞いてくれそうもなかったため、渋々お風呂をいただくことにした。
(他人家でお風呂に入るなんて、すごく変な感じ…)
そもそもここは神社の社務所であるので、余所様のお家、と呼称するのもおかしいとは思うが、身体の芯から冷え切っていた椿にとってはかなり有難かった。
(今は分からないことだらけだけれど、悪い人たちではなさそう…。しっかりと話を聞いてみよう)
お風呂にゆっくりと浸かって温まった椿は、脱衣所に置かれていた浴衣に身を包み、その上から厚手の羽織を身に着ける。
(わあ、和服なんて初めて身に着けたかも)
こんな状況で場違いな感想だと思いつつも、椿は落ち着きを感じた。
椿が社務所内を迷子になりながら歩いていると、先程の黒髪の男性、黎と呼ばれていた男性に遭遇した。
「あ、」
「あ、」
少し気まずそうに目を逸らした黎は、ぶっきらぼうに言葉を投げる。
「なんでこんなとこにいるんだよ。水司祢様を待たせるな」
キッと睨まれて、椿は身を縮こまらせる。
「ご、ごめんなさい…」
怒られ続けて生きてきた椿は、すぐに謝罪の言葉が飛び出してしまう。
黎はばつが悪そうに、「別に謝らなくてもいいけど」ともごもごと呟く。
「ついてきて」
「は、はい!」
黎が踵を返すので、椿はその後を慌てて追った。