龍神様と私の幸せな世界

 社務所内の一室、一際広い和室へと通されると、真ん中には囲炉裏端がありそこで煮える鍋からものすごくいい香りがした。

 途端、椿のお腹がぐぐぐ~と大きな音を鳴らした。

 鍋のようすを見ていた水司祢が、にこりと振り返った。

「ああ、椿。しっかりと温まったかい?」
「は、はい」
「こちらにおいで」

 水司祢が手招きする座布団へと腰を降ろすと、大きな木の皿に湯気の立ち昇る具材がよそわれる。

 その横で炊き立ての白米を茶碗に盛っていた白髪の冥が、「どうぞ、椿様」と言ってその白米を椿の前に置いた。

「あ、ありがとうございます…」

 黎がなんだか気まずそうに椿の左隣に腰を降ろすと、ご飯の支度を終えた水司祢と冥もそれぞれ椿の右隣と正面に腰を降ろした。

 「いただきます」と手を合わせた三人が和やかに食事を始める。

「おおっ、水司祢様!今日の肉うまいっすね!」

 黎が嬉しそうに声を上げれば、水司祢も満足そうに首を縦に振る。

「そうだろうそうだろう。領主より献上されたものだが、なかなかいい物を寄越したものだ」

 黎と冥はがつがつと白米と鍋を口に放りこんでいく。

 食事に手を付けようとしない椿に気が付いた水司祢は、椿の顔を覗き込んだ。

「椿?食べないのかい?もしかして、牛鍋は好きじゃなかったかな?」

 不安げに眉を下げる水司祢に、椿は慌てて首を横に振る。

「あ、いえ、そうではなくて…」

 椿は思い切って切り出した。


「あの!ここは、どこなんでしょうか!」

 椿がいつも通っていた龍水神社ではある。

 がしかし、その周辺の景色や街の建物などが見たことのないものになっていた。

 どこもなんだか古めかしい建物に、緑に囲まれた穏やかな町。


(まるで、昔の時代の町並みみたいな…。そう、……タイムスリップでもしたかのような…)


 椿がそんなことを思っていると、水司祢は椿に告げた。


「椿、今貴女が思っている通りだ」
「…え?」

「ここは1875年、明治時代の龍水神社。この世界は、貴女が生きていた時代のはるか昔の時が流れる世界だ」

 椿は呆然と水司祢の言葉を脳内で反芻する。

(この世界が、明治時代の日本…?そんなことって……)

 あるわけがない。

 とは椿には言い切れなかった。

 先程見てきた街のようすや、自宅のようすからして、全く見たことのない建物ばかりであった。

 どこか古めかしいその町や建物は、昔の時代と言われれば納得のいくようなものばかりで…。

 混乱する椿に、水司祢は優しく声を掛ける。

「戸惑うのも無理はない。急にこの時代にやってきたのだから」
「か、帰る方法はないのでしょうか?」

 前のめりになって尋ねる椿に、水司祢は目を丸くする。

「帰りたいのかい?」
「か、帰りたいです!」
「どこに?」
「え?」
「椿の帰りたい場所ってどこだい?まさか、椿を粗雑に扱うような母親のいる家じゃないだろうね?」
「……っ」

 椿は言葉に詰まる。

(この人の言う通りだ。私、どこに帰りたいんだろう?あの家には、私なんていない方がいい。お母さんのストレスになるだけだってわかっているのに)

 散々罵倒され、虐げられてきた。

 そんな家に、わざわざ帰る必要があるのだろうか。

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