龍神様と私の幸せな世界
水司祢は幼い子に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「それにこれは、椿が望んだことでもあるんだよ」
「私が…?」
「ああ。貴女はこの神社で願っただろう?『幸せになれる世界に連れて行ってください』と」
「あ……」
確かにそれは、椿が願ったことだった。
この世界に椿の幸せになれる場所なんてない。
それならば、どこか幸せになれる世界に連れて行ってほしい、と。
水司祢は椿に慈愛に満ちた笑みを向ける。
「だから私はその願いを叶えたのだ。この世界こそが、貴女が幸せになれる世界だ」
「願いを叶えるなんて、そんなこと…」
水司祢の金色の瞳がきらりと怪しげに光った。
「貴方は、一体……」
椿の質問に答えたのは、隣に座る黎だった。
「お前、本当に何も知らないんだな。水司祢様は、この龍水神社に住まう、龍神だぞ?」
「へ…?神、様……?」
「そんなことも知らずにこの神社で毎日毎日ぐちぐち言ってたのかよ」
「なっ…」
黎の言葉に、椿は顔を真っ赤にする。
そこに冥がまた助け船を出してくれた。
「こら、黎。そんな言い方ないだろう?椿様にとって水司祢様が唯一の話相手だったのだから」
「うっ…」
椿は更なるダメージを受ける。
確かに、小さい頃からこの龍水神社にやって来ては、ひたすらにいるかも分からない神様に話し掛けていた。
(それを知っているってことは、やはり本当に……?)
水司祢は静かに口を開く。
「あの時代で毎日のようにこの神社に来てくれていたのは、椿、貴女だけだ。私はずっと貴女を見守っていた。だからこそ、貴女が願うのを待っていたのだ」
『幸せになれる優しい世界に連れて行ってください』
龍水神社の神である水司祢は、その椿の願いを聞き届けた。
(そう、だったんだ…。神様は本当にいたんだ…私のこと見守ってくれてたんだ…)
じわりとその瞳に涙が滲む。
(ここが、私が本当に幸せになれる世界なの…?私は、幸せになっていいの…?)
水司祢はその心を読んだかのように、優しく椿の手を取った。
「椿、貴女はここで幸せになるのだ」
「幸せに…」
「私の妻として」
「……妻?………妻っ!?」
続けられた言葉に、椿は驚いて水司祢を見つめる。