龍神様と私の幸せな世界
「椿」
椿がそんなことをぼんやりと考えていると、後ろから声が掛かった。
「水司祢様…」
水司祢の白の中に少し青が入ったような透き通る髪が、日の光を受けて雪のようにきらきらとして見える。
(こうして見ると、やっぱり人間じゃないって分かる…)
人間離れした美しい容姿と、その荘厳な雰囲気。
(水司祢様は、神様なんだ…)
椿はようやっとすんなりと受け入れることが出来た。
「早いな。いつも朝早くに来てくれてはいたが、今日くらいはゆっくりしていても良かったというのに」
水司祢が椿の隣に並ぶ。
「い、いつもの習慣で…」
椿は少し肩を強張らせながら、恐る恐る水司祢に声を掛ける。
「あの、水司祢様、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、もちろん」
「この時代で、私にできることはあるのでしょうか?」
「できること?」
「私、ずっとこの神社にお世話になってきました。私の住む世界では、私しか参拝者がいなくなること、水司祢様もご存じなのですよね?」
「…そうだな…」
今いる水司祢も未来の水司祢も同じひとりの神なのだろう。
人間にはきっと決して理解することの出来ない時空にいきている。
椿は意を決して、水司祢の瞳を見つめる。
「私、この神社と、水司祢様に恩返しがしたいです」
「恩返し?」
「私の心はこの龍水神社があったからこそ、壊れずにいれたと思うんです。そんな私を支えてくれた神社がなくなるのはやっぱり悲しいです。だから、未来でもこの神社を残せるように何か出来ることをしたいです」
椿は初めて自分の気持ちをはっきりと口にすることが出来た。
今までそうしたくても出来なかったことなのに、相手が水司祢であるからなのか、椿は自分の気持ちをしっかりと言葉にすることが出来たのだ。
水司祢は椿をゆっくりと引き寄せ、そうして優しく抱きしめる。
「み、水司祢様っ…!」
水司祢は椿を愛おしそうに抱きしめながら、言葉を紡ぐ。
「そんな心優しき貴女だからこそ、私は妻に迎えようと思ったのだ」
水司祢のあまりに愛に溢れた抱擁と言葉に耐え切れなくなった椿は、沸騰寸前のところでようやく水司祢から解放された。
椿の心臓は飛び出そうなほどにばくばくと鳴っており、息を吸うことすら忘れてしまっていた。
大切にされたことのない椿には、水司祢の言動は刺激の強いものであった。
「しかし椿の気持ちは嬉しいが、出来ることか…。人々の信仰は時の流れによる。水害や日照りが多い時は、この龍水神社に安寧を祈るものも多かったが、ここのところは実に平和なものだな」
椿はそこでふと思いあたる。
(あれ…?この神社って確か…?)
「あの、水司祢様。この龍水神社は、縁結びの神社ではないのですか?」
椿の過ごしていた時代のほんの少し前、テレビで取り上げられるほどご利益のある縁結びの神社だったと聞いたことがある。
ここに来てからはそのような話は一切出ていない。
縁結びの神社であるのならば、この時代でももう少し賑わっていてもいいように思うのだが。
水司祢は「そうか…」と口を開く。
「どうしてただの龍水神社であったここが、縁結びとして有名になったのか…、なるほど、そういうことだったのか……」
水司祢は一人で得心がいったかのように何度も頷いている。
椿は首を傾げるばかりだった。
「あの、水司祢様…?」
「ああ、いやなんでもないんだ。そうだな、椿がそうしたいと言ってくれるのなら、貴女に頼らせてもらうとしよう」
椿はまだ頭の上にはてなマークを浮かべつつも、どうやらこの神社のために何かしてもいいという許可を得られたことだけは確かなようだった。