龍神様と私の幸せな世界
女性に呼ばれた椿は、箒片手に女性の元へと向かう。
そこで女性の顔をまじまじと見て、はっと息が止まるような心地がした。
「お、お母さん……?」
その女性は、椿の母親に瓜二つであった。
椿の母親よりは随分と若いが、家で見た母親の若い頃の写真の顔にそっくりだ。
「ど、どうして……」
母親に怒鳴られ、頬を叩かれ、ストレスをぶつけられていた日々が、さあっと脳内を駆け巡る。
椿が言葉に詰まっていると、女性は不思議そうに首を傾げる。
「おかあさん?何のことかしら…?」
そこで椿ははっとする。
(そうだよ、こんなところにお母さんがいるわけない。それにこんなに若い姿なわけがないし…)
一瞬戸惑いつつも、この人は母親ではないのだと椿は自分に言い聞かせる。
そうして女性に気が付かれぬよう小さく呼吸を整えた。
「す、すみません。いかがされましたか?」
女性は困ったように眉を下げる。
「明日、縁談があるの。それも私なんかにはとても釣り合うようなお家柄ではなく、立派な家柄の方で…。私、見合いは初めてで、とても不安で……」
言葉の通り、女性からは不安な気持ちが伝わってくる。
「縁談どうこうよりも、そもそも男性とあまり話したことがなくて、粗相をしないか自信がなくて…」
母親のような見た目をしてはいるが、言っていることはまるで椿のようで、椿は親近感をおぼえた。
(気持ち、すごく分かるな…私も、ずっとそうだったから…)
椿は幼なじみである佑太郎のことを思い出す。
つい昨日のことであるはずなのに、それが何故だか遥昔のような感覚さえした。
(どうにか元気付けたい)
椿は自然とそう思った。
引っ込み思案で人と話すことが苦手であった椿とは思えないほどに、言葉がするすると飛び出す。
「大丈夫ですよ!ここは縁結びで有名な神社なんです!だからきっと、縁談は上手くいきます!ここの神様はとっても気さくな方なので、祈りをきっと聞き届けてくださいます」
椿の力強い言葉に、女性はやっと安堵の表情を見せた。
「ありがとう…!貴女のおかげでなんだかとても勇気が湧いてきたわ!ここが縁結びの神社だなんて初めて聞いたけれど、貴女のような巫女さんがいるのなら、きっと神と人との縁も結んでくれるわ」
女性はすっかり笑顔になって、嬉々として拝殿へと向かった。
最後に椿を振り返ると、「明日、頑張ってみるわ!」と笑顔で手を振った。
椿も同じように笑顔で祈った。
(あの人の縁談が、うまく行きますように。素敵な縁が結ばれますように)
合わせた手がなんだかぽかぽかと温かく感じた。