龍神様と私の幸せな世界

 次の日の夕方。

 巫女として椿が神社にいるようになって二日目のことだ。

 その日も参拝客の話相手や境内の掃除やらを終えて、そろそろお守り等を並べている社務所を閉めようとしている時のこと。

 ぱたぱたと忙しない足音がして、昨日の女性がひょっこりと現れた。

「あ!巫女さん!いたいた!」

 すっかり友達にでもなったかのように、気さくに声を掛けてきた女性に、椿も嬉々として向かい合った。

「こんにちは」

 椿が挨拶をすると、女性は満面の笑みを浮かべた。

「縁談!上手くいったの!」
「本当ですか!?」
「ええ!相手の方がすごく穏やかで優しいひとで。私、男性とは無縁の人生だったのだけれど、思ったよりも息があったの。あの人となら、上手くやっていけそう!」

 嬉しそうな女性の笑顔に、椿もつられて笑顔になる。

「良かったです」
「貴女のおかげだわ!」
「えっ!私はなにも…」

 女性は椿の手を取ると、ぎゅっと握った。

「貴女がこの神社との縁を結んでくれたおかげで、神様が力をお貸しくださったのよ。本当にありがとう」

 女性の心からの感謝の言葉に、椿は何も言えなくなってしまった。

(私が何かしたわけではないのだけれど…。こんなに喜んでもらえるなんて…)

 誰の役にも立てず、感謝されたことのない椿は、どう返答していいのか分からなかった。

 そもそも同い年くらいの女性と仲良く話したことすらないのだ。戸惑うばかりである。

「貴女、お名前は?」
「え?、あ、椿、です」
「椿!素敵なお名前!この龍水神社にも、たくさん椿が咲いているわよね。まさにこの神社に相応しい巫女だわ!」
「あ、いや、それはたまたまで…」

 嬉しさなのか恥ずかしさなのか、もごもごと話す椿に女性はにこりと笑う。

「私は早苗(さなえ)。お嫁に行っても家はこの近くだから、またちょくちょく顔を出すわ」
「あ、ありがとうございます…!」
「そんなにかしこまらないで!私達、そんなに齢は変わらないでしょう?気軽に早苗って呼んで」
「え…、さ、早苗、ちゃん…」
「ええ!椿!」

 早苗は嬉しそうに笑うと、最後にこう付け足した。

「椿、私、ここが縁結びの神社だったなんて知らなかったの。でも、椿が言うようにとてもご利益があったわ。知人にもたくさんここの神社の話をするわ!」
「うん、…ありがとう」

 椿は照れながらも、去り行く早苗を見送った。


 早苗がいなくなって、宵闇迫る境内に一人きりになると、急に高揚感のような落ち着かなさがやってきた。

「私でも、…誰かの役に立てるんだ……」

 そうぽつりと言葉を零す。

 椿は早苗と水司祢の懸け橋となっただけ。

 それだけだというのに、早苗はあんなにも喜び、感謝してくれた。

「これが、巫女の役割なんだ…」

 人と神とを繋ぐ架け橋となること。

 未来でこの神社の参拝客を減らさないためにも、椿が出来ることはこれだと思った。


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