龍神様と私の幸せな世界
「椿」
掛けられた優しい声に、椿は振り返る。
「水司祢様」
穏やかに微笑む水司祢は、椿の横に並んで薄っすらと見え始めた月を見上げる。
「椿、彼女は大丈夫だったかい?」
水司祢の指す彼女、というのは恐らく早苗のことだろう。
「はい、水司祢様のおかげで、とても喜んでおいででした」
「そうか。彼女の縁談が上手くいったのは、私の力ではなく彼女自身の力だけれどね」
「えっ、そうなのですか?」
てっきり水司祢が何か神様の力を使って、早苗の縁談を良い方向に向けてくれたのだと思い込んでいた椿は、目を丸くする。
「人というものは、自分達が思っている以上に、すごい力を持っているものだよ」
「?そういうもの、なのですか?」
水司祢の言葉が上手く理解できない椿は、首を傾げる。
「彼女は、誰かに似ていただろう?」
「え」
その水司祢の言葉に、椿はドキッとする。
(水司祢様は、やっぱりなんでもお見通しだ…)
椿は隠さず水司祢に話す。いつもこの龍水神社で、そうしていたのと同じように。
「早苗ちゃん…、母の若い頃にそっくりでした」
水司祢は静かに頷く。
「そうだろう。彼女の魂は椿の近いところにある。早苗は恐らく、椿の母親の血筋の者だ」
「…!そう、なんですね…」
母親の話をすると、やはりどうにも胸が苦しくなる。
今、母はどうしているのだろうか…。
「椿の母親も、元は綺麗な魂をしていたはずなのだ。それが少しずつ濁って行き、最終的に自身ではどうにもできなくなってしまった」
「そう、ですか…」
母親が優しかった時期だってあった。
椿の脳内からは少しずつその記憶が失われつつあるが、確かにそうだったのだ。