龍神様と私の幸せな世界
水司祢は椿の瞳を見据える。
「椿、貴女は元の世界に帰りたいか?」
「……どう、なんでしょうか…、よく分かりません…」
初めは確かに帰りたいと思っていたかもしれない。
けれど、今はあまりそうは思えなかった。
水司祢や黎に冥、早苗。優しい人達に囲まれたこの世界から、椿のいた世界に戻る必要などあるのだろうか。
誰にも必要とされない、ただただ灰色の世界に。
椿は考えをまとめるように、ぽつぽつと話し出す。
「私、は、まだここでやりたいことがあるんだと思います。やっぱりこの神社と、水司祢様に恩返しがしたいから」
心を整理し、今までの自分を受け入れることが出来たら。
そんな来るかも分からない日を考えることは、今の椿には出来なかった。
「そうか」
少し寂しそうに呟く水司祢がなんだか可愛らしくて、椿は水司祢の顔を覗き込む。
「今は水司祢様のお力になれるよう、頑張ります、ので…」
水司祢は目を細めて笑顔を浮かべる。
「本当は一生この腕の中に閉じ込めておきたいのだがね」
水司祢の言葉に、椿はあわあわとする。
(そうだった、この世界に残るってことは、それは水司祢様の奥さんになるってことで…)
ぼんっと顔を真っ赤にした椿に、水司祢はまた愛おしそうに椿を見つめる。
「さあ、夕餉にしよう。黎と冥が準備してくれている」
「は、はい…」
椿と水司祢は、温かな社務所へと歩みを進める。
水司祢が椿の手を優しく握る。
その大きく温かな手に触れられると、なんだか全身の血液が元気になったみたいに身体が熱くなる。
いつでも優しく触れてくれる水司祢と、もしかしたら夫婦になるかもしれない。そんな未来があるのかもしれない。
この先の未来がどうなるのか、まだ椿には分からない。
自分がどうしたいのかも、まだ考えられない。
けれど、このひとの傍にいられたら……。
それが自分の幸せな世界なのではないか。
椿は繋がれる温かな手を握り返しながら、漠然とそう思った。
終わり