龍神様と私の幸せな世界
「やっぱり今日もだめでした…」
放課後。陽も大分傾き始めた時分。
椿は今朝も訪れた寂れた神社の、かつて社務所だったと思われる建物の前に無造作に置かれたベンチに腰掛ける。
今日こそはクラスメイトに話し掛けようと気合を入れていたはずなのだが、結局毎日その目標を達成することはできずに、ここでひとり反省している。
「神様、ごめんなさい。いつも力をくれているのに…」
この寂れた神社に訪れるのは椿くらいのもので、他の人を見たことはない。
もしかしたらもうこの神社に神様はいないのかもしれない。
そう思ったこともあるのだが、何故か椿は、神様はちゃんとここにいて、見守ってくれているような気がしていた。
ここは古くから存在する、人と人との縁を結ぶ、縁結びの神社だった。
かつてはここを訪れると必ず恋愛が成就すると言われ、テレビに取り上げられるくらいに有名だった。
元々は水害を防いだと言われる、龍神様を祀っていたそうなのだが、それがどうして縁結びの神社として有名になったのかは、椿には分からなかった。
しかしそれも時が経つにつれ人々の記憶から薄れ、徐々に人口の減りゆくこの街で未だに参拝するのは椿くらいのものであった。
椿は家が近所ということもあり、小さい頃からよくこの神社の境内で遊んでいた。
遊んでいた、と言っても椿は幼少から友人がいないので、本を読んだり、絵を描いたりとひとりで過ごしていただけである。
その時から何故だかこの寂れた神社は、自宅よりも居心地が良かったのだ。
テストで満点を取った時も、運動会でビリになった時も、椿は家族に話すのではなく、いるかも分からない神様に話し続けた。
椿にはなんとなく、そこに神様がいて、自分の話を聞いてくれているような気がしたのだ。
それは高校生になっても変わらなかった。
朝夕、この寂れた神社を訪れては、今日あった出来事などをとつとつと話す。
大半は椿の今日の失敗談ばかりであったが、ここで気持ちを吐き出すと、何故だか心が軽くなるような、明日はもう少し頑張ってみようかなという気持ちになるのだった。
「あ、もうこんな時間だ」
辺りは少しずつ宵闇が迫っていて、もうまもなく太陽が沈もうとしていた。
「そろそろ帰らなくちゃ」
椿は立ち上がると、本殿の方へ向かって一礼する。
「神様、今日もお話を聞いてくれてありがとうございました。さようなら」
来た時と同じように、椿がぱたぱたと階段を駆け下りていく。
木々が寒そうに身を揺らす中、椿にさよならを言うかのように境内には生暖かい風が吹いていた。