龍神様と私の幸せな世界
何も考えられず、ふらふらと歩いていた椿は、気が付くとあの寂れた神社にやって来ていた。
力なく拝殿の前へとやってくると、ぽつぽつと言葉を零す。
「神様…私、もうどうしていいか分からなくなってしまいました……」
佑太郎がいたからこそ、椿は日々をなんとか乗り越えて来られた。
毎日誰かに挨拶できるように、話しかけられるように、少しでも佑太郎と話せるように頑張ろうと思えた。
努力が実を結ぶことはなかったが、頑張ってみようと自分を奮い立たせることが出来た。
しかし、その目標は失われてしまった。
もしまた仲良くなった人に、裏切られたらどうしよう。
そもそも私なんかと仲良くなりたいなんて思う人がいるのだろうか。
そんな暗い考えばかりが椿の脳内を占める。
「早く、帰らなくちゃいけないのに……」
椿の帰りが遅いことに、母親はきっと怒っているだろう。
けれど、椿の足は根を張ったようにその場から動けなくなっていた。
(明日から、どんな顔で学校に行けばいいんだろう…?)
明日もきっと、佑太郎は変わりなく椿に挨拶をするだろう。
しかし、その挨拶に対して、椿はどう接していいのか分からなかった。
いつもみたいに、挨拶を返すことができるだろうか。
「……学校、行きたくないな…」
かと言って、家にいることも出来ない。
学校を休めばまた母親に怒られるだろうし、家にいればストレスの捌け口に使われる。
椿の居場所は、どこにもなかった。
「私って、何のためにいるんだろう…?」
そんな言葉がぽつりと椿の唇から漏れた。
(私って何のために生きているんだろう?家族にも、クラスメイトにも必要とされていない私。この世界で私のいる意味ってなんなんだろう?)
椿はそんなとりとめもない漠然とした質問に囚われていく。
「なんだか…疲れちゃった…」
椿は毎朝そうしているように、拝殿のお賽銭箱に小銭を放る。
二礼して、二つ手を打つ。
そうして両の掌を合わせ、静かに目を瞑った。
(神様、私はもう疲れてしまいました。この世界には、私の生きていい場所はないみたいです。もし願いが叶うなら、幸せになれる優しい世界に連れて行ってください……)
家族仲も良く、友人もいる優しい世界。
そんな世界があればいいのに。
なんとなく、神様にお祈りするのはこれが最後になるのだろうな、と椿は思っていた。
今まで幾度となく世話になってきたが、それすらももう疲れ切ってしまった椿には難しいことだった。
「神様、今までありがとうございました…」
椿は丁寧に一礼して、顔を上げた。
すると、ふわっと暖かい風が吹いた。
冬真っ只中のこの季節では考えられないほどに優しく、穏やかで温かな風だった。