龍神様と私の幸せな世界
『お前が幸せになれる世界に、私が連れて行ってやろう』
「え?」
低く艶やかな男性の声が辺りに響く。
椿は慌てて周囲を見回すが、人の姿はどこにもない。
しかし次の瞬間、辺りが急に眩しい光に包まれる。
目を開けていられなくなった椿は、思わずぎゅっと目を瞑った。
少しして恐る恐る目を開けると、そこはやはり神社だった。
しかし境内には雪が降り積もっていて、今まさに空からはらはらと雪の結晶が降り注いでいるではないか。
椿の花の鮮やかな紅が美しく咲き誇っていて、境内中を埋め尽くしている。
(あれ…いつからこんなに雪が降っていたんだろう…?積もるまで気が付かなかったなんて…。この神社、こんなに椿咲いてたっけ…?)
雪が降っていると気が付くと、急に寒さを感じ始めたような気がする。
このままでは風邪を引いてしまう。風邪を引いたら、また母親にどやされるに違いない。
「帰らなきゃ……」
(でも、帰るってどこに?役立たずの私が帰る場所って、どこ?)
きっと母親も椿なんていない方がいいと考えているだろう。
学校だって、佑太郎だって、椿がいなくなっても誰も気が付かないかもしれない。
「……私の帰る場所って、どこ…?」
目の前が真っ白になった椿は、立っていることもうまくできなくて、そのままふらりと身体が傾いた。
その時、暖かな何かが椿の背中を支えて、抱きとめてくれた。
そこで椿ははっとする。
「あ、す、すみませんっ!なんだか立ち眩んでしまって…」
椿はくるりと支えてくれたであろう人の方へと振り返る。
そこにいたのは、着物に身を包んだ、白縹色の髪の美しい男性であった。
ほんのりと青み掛かった雪のように透き通った髪が、肩の羽織のその藍色を更に濃く見せている。
齢は椿とさほど変わらないか、少し上くらいに見えた。
その人間離れした美しい姿に、椿は思わず目をぱちくりしてしまった。
(この神社に来るのは、私だけだと思ってた…。こんな若い方も来られるんだ…)
しばし呆然としてしまった椿は、慌てて頭を下げる。
「あ、ありがとうございました…、支えてもらってしまって…」
咄嗟に椿は、佑太郎や母親のように冷たい言葉で突き放されるのではないかと思った。
迷惑を掛けたのだ、罵られてもしかたがないと、椿は覚悟して男性の言葉を待った。
しかしいつまで待っても、男性の言葉は聞こえて来ず、椿は思い切って顔を上げた。
「あの……?」
椿を凝視していた男性は、はっとしたように椿に歩み寄ってきて。
「え……?」
そうして突然、椿を抱きしめた。
そのあまりの優しさと温かさに、椿の心臓がとくんと脈打つ。
「やっと…やっとお前を抱きしめることができた…」
男性は椿を愛おしそうに抱きしめ、そう小さく呟いた。