今夜君に、七年越しの愛を
桜井家の恋愛騒動


「おーい、桜井さん、ちょっとヘルプ!」



「はい、なんでしょう?」



誰かに名を呼ばれ、すぐに席から立ち上がり声の方へと向かう。


「ちょっと新人くん、わからないことがあるみたいで」


料理長は手を休める事なく困り顔で顎をしゃくる。



了解です、とかの新人に目を遣ると、申し訳なさそうに此方を向いている。



「どうしたの?とりあえず、ここは邪魔だから退()こう」



ここは高級イタリアンの厨房。


手招いて、自席の近くに来てもらう。


「先ほどお料理を運んだのですが、お客様の表情で...間違えたかもと思い戻って来ました」


指差す方向には、だいぶ冷めているであろう料理のワゴンがある。


「あぁ~これ、ここの番号見ればいいのよ」

「わ、そうだった。すみません」


「ちょっと待って、確認する」とつぶやきながら端末を操作する。


「行った席間違ってたよ、やっぱり」

「申し訳ありません...」

「いいよいいよ、引き返したのは賢明だった。大丈夫、なんとかするよ」

「本当、申し訳ありません」

「謝らなくて良いから。その代わり、次忘れない工夫をしなさいね」


ペコペコする新卒の背中を叩く。

初めはそんなもんよ、と思うが甘やかし過ぎる必要性も感じない。



私はこの店で、厨房と給仕係の橋渡し的役割を担っている。


世の中どこも同じだが、特にこの業界は新人に優しくない。


レストランは時間との戦いだ。


給仕係は迷路のような廊下を巡り、個室へ運び、厨房に戻っては再び料理を運んで行く。


新人の給仕が仕事が分からなくなって厨房に行ってもそこに助けてくれる人はいない。


料理人はベテランが多く、仕事は手を休めれば休めるほど溜まっていくので、新人を優しく扱えないのも仕方ないかなと思う。


週に3日ほどしか営業しない会員制の飲食店で。


今のような雑用を処理するのが、私の副業の仕事内容である。






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