今夜君に、七年越しの愛を

「本当にすみません!お疲れ様です。お先に失礼致します!!」


料理長と給仕チーフに思いっきり頭を下げ、午後9時30分、《ル・アンデレ》を後にした。

いつもより2時間早い上がりだが、今日だけは勘弁してもらおう。



4月に入ったとは言え、まだ風はひんやりと冷たい。

スプリングコートの襟を立て、スマホを取り出す。


何年も使っている古いスマホ。

買った──いや、買ってもらった当初より反応が鈍くなった相棒の電源を入れ、メッセージアプリを開く。


《宮下明彦》を選択し、【仕事終わりました。今どこですか?】と送信ボタンを押した。


そして家に2コール。

もうすぐ帰るよという連絡だ。


街頭の下まで移動し、暗い空を見上げる。

寒い...と思わず足踏みした時、ブブ、と着信があった。


【もうすぐ着くよ。ごめんね、楽しみ】



送信主、宮下明彦は今お付き合いをしている8歳年上の人。

優しくて、適齢期にしては特殊な環境に理解がある人──それが唯一私が求める条件だ。


「──春鹿(はるか)さん」


ぱっと顔を上げると、見慣れたシルエットが近づいてきた。


「行きましょうか」


差し出された手を取り、私たちは家路につく。

今日、ちびっ子たちに明彦さんを紹介するのだ。


「今日はまた冬に後ずさりしたような天気だったね」

「そうね、でも寒いのも寒いで好きだから私は嬉しい」


冬のピンと張った空気と鼻に刺さる小さな痛みが好き。

あぁ、頑張らなくちゃ、と気が引き締まるから。



2年前、いわゆるマッチングアプリで知り合った普通のサラリーマン...兼、塾講師。


中学受験専門塾の質問スタッフとして働いていて、兼職をしている私に理解を示しとても寄り添ってくれた。


数年前、本職での仕事仲間との女子会で酔っ払ったノリで皆の前で入れたアプリ。


「春鹿さんのご家族に会えるなんて、嬉しいよ」


すぐに消すつもりだったけど、誰とも付き合ったことのない私は心の底ではきっと出会いを求めていたのだと思う。


「ずっとみねちゃんや千代ちゃんに会いたかったから」


明彦さんは湯たんぽのように年中手が温かい。

お陰で、少し冷えていた指先が温まってゆく気がした。



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