レンアイゴッコ(仮)
「悪い。部長に足止めされた」

案外急いで来てくれたらしい。隣に腰掛けた東雲のこめかみにはうっすらと汗が滲んでいる。涼しい顔も良いけれど、余裕のなさそうな顔も良い。

「部長に?」

「まあ上手く躱したから大丈夫だろ。ところで誰かに声掛けられなかった?」

なんでそんなことを心配してるんだ。

「今、東雲に声をかけられたのが初めてだから安心して」

一応事実説明をすると、東雲は「妃立を待たせるの、心臓に悪い」と、不本意な言葉を言い放つので「はあ!?」と臨戦態勢に入るけれど、「じゃあ行くか」と、さっさと切り替えたらしい東雲は立ち上がった。

注文を頼んだくせに、アイスコーヒーを置き去りにして。

「ねえ、これ氷もう溶けちゃってるから買い直そうか?」

水滴をハンカチで拭って渡すと「ああ、忘れてた」と、東雲は注文したことも忘れていたらしい。

「別いいよ。サンキュ」

「でも、多分薄くなってるんじゃないの?」

「それ、牽制で頼んでもらっただけだから」

「(……牽制?)」

動かそうとした足が必然的に止まった。

「……え?」

誰に?何のために?

「誰かに声、かけられなかった?」

「(……まさか、男避け?)」

心配性な男は、私が知らない場所で勝手にナンパ対策をしていたらしい。
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