レンアイゴッコ(仮)
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「東雲くん、ちょっといい?」

ある日、部長が喫煙所へ俺を呼んだ。喫煙所に呼ばれるのは芳しくない時だと噂で聞いたことがあって、だから俺は一応、警戒心を解かずに付き添った。

「最近どうなの、仕事」

「どう、と言われても……可もなく不可もなくです」

「東雲くんだったらキャリアアップも目指せると思うけど、欲は無いの?」

「はあ……無いですね」

何の話だと思いながら、適当に話を合わせた。十代の頃の片想いを拗らせた、大人の理性の低さは厄介で、藤や莇は知っているけれど、俺の欲は大体妃立柑花に向けられていて、仕事にしろプライベートにしろ、柑花が関わってくると随分話が違う。


妃立と一緒の仕事は俄然やる気が違う。違うと全く出ない。その点後輩の鈴木は妃立が教育係をしているからほぼ一緒の仕事を取り組んでいるから、鈴木のことは相当恨んだ。

『もうちょっと鈴木に優しくしてよ』と妃立が言うから少し優しくした。俺の教育係は世良さんだった。その世良さんが言った。『部長には気をつけなよ』と。

「出世欲が無いのは分かったから、東雲くんさあ、寒いのと暑いの、どっちが好き?」

嫌な予感がした。

「どっちも嫌いです」

「暑いの似合わないよな。やっぱ寒い場所だね」

「帰ります」

強引に喫煙所を後にした。その後幾度か部長に喫煙所へ誘われても、何かと理由をつけて拒否して逃げている。
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