レンアイゴッコ(仮)
私になんの相談もなく消化しようとした東雲も腹立つけれど、一番は部長だ。私を交渉の取引材料にするなんてありえない。こんなの、はいそうですかって納得出来る話じゃないし、私のことを馬鹿にしているからできる事だ。

「しばらく部長のこと無視していいかな」

「仕事上無視は良くないでしょ」

「禿げろって言い続ける」

「んな綺麗な顔してんのに、汚い言葉使うなよ」

「部長だけ飲み会には誘わない」

「それは賛成」

「信じていいの?」

「いいよ」

東雲はそう言って私の髪を静かに撫でた。その目はもういつもの穏やかなものに変化していた。私が好きな東雲だった。

「琥珀」

「うん」

「今の話、私が聞かなかったら言わなかったよね」

「私のせい、とか、言うだろうなと思って言わなかった」

「……それはその通り……」

さすがに私の性格をよくご存知だ。

「……でも、」と、私が切り出したのと、ドアのノック音が重なる。

「東雲くーん、稟議委員の件で訊ねたいことあるんだけど、少しいいかな?」

顔を出したのは世良さんだった。

「ああ、了解です。じゃあ、あとで」

「……うん、あとで」

忙しなく部屋を出る東雲を見送る。

東雲は言った。

『異動は、しない』

「異動“ は ”って、なによ……」

靄は晴れない。
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