レンアイゴッコ(仮)
しかし、東雲が怯んだのは一瞬だけで、すぐに涼しい顔をした。東雲には怖いものがないっていうのか。

髪に感じていた重みが消える。

やっと与えられた安心感に一息ついていれば、ふと、東雲側にあった左手が包み込まれた。

つい先日繋がれたあの体温を私はまだ覚えていた。

「(なに、してんの……)」

いつ、誰が来るかも分からない休憩室。平然と鈴木と会話しながら私と手を繋ぐ白々しい男。

さらに言えば、手を引こうとしても全く動かない。接着剤で固めてるのか疑わしい。

「(この男……!)」

笑顔を貼り付けて、踏みつけたつま先に力を込める。東雲は表情を崩さない。腹立つ。

「東雲さん、午後から打ち合わせですし早めに行きましょうか」

「いいけど、妃立さんはまだご飯が済んでないのでは?」

「鈴木、これ全部食べちゃって」

「いいんですか!いただきます!」

苛立ちを残したまま立ち上がると、扉一枚隔てた先のオフィスに入りデスクからバッグを掴むと二人で一度タイムカードエレベーターホールへ向かう。やってきたエレベーターには誰も居なかった。

「仕事中は?」

扉が閉まると同時に睨み上げると

「いつも通り」

と、起伏のない声を東雲はしれっとした表情で聞かせる。
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