レンアイゴッコ(仮)
床に意識を向けていれば、肩を掴まれた。決して強い力ではなくて、ぎこちない……というよりも、労りを含ませたような力だった。


──「(なんで、)」


東雲の身体へと引き寄せられた。よろめく私を支えるように抱きしめられる。私のものではない、かと言って、彼の家で借りるあの服とも違う、穏やかで知的な香りが鼻いっぱいに広がる。

東雲はどうして、こんなふうに、割れ物みたいに優しく扱うのだろう。


心の中で数えた。1、2……、鼓膜の内側で鳴り響く、自分の鼓動の方が早かった。

ちょうど五秒目、私を拘束する腕の力が緩くなった。顔を上げると、甘い視線が絡み合うから、慌てて俯いた。顔を合わせられたものじゃなかった。

「もう……終わり!」

「いやあと一秒残ってた」

「はあ!?数も数えらんないの!?」

「そうみたい。最初からやり直していい?」

「良いって言うわけないでしょ!?」

「じゃあまた今度」

「わかった、今度!」

「よし、言ったな」

「……え!?」

息とともに驚けば、東雲はあっさりと私から離れ、落ちてしまった荷物を拾うと「じゃあ」と言って出ていった。

東雲の香りが残された玄関。腰から力が抜けて、よろよろとしゃがみ込んだ。

太刀打ちできる気がしない。

静かな、けれども確実に燃え始めた導火線。後戻りは、もう、不可能だ。
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