レンアイゴッコ(仮)
𓂃𓈒 ❅ *

提灯の光が道路にこぼれ出し、活気のある雰囲気が漂っていた。若者たちの笑い声と乾杯の音で満たされた店内。生ビールのジョッキが次々と運ばれ、揚げ物や焼き物の香りが食欲をそそる。

「お疲れ様ー!今日は飲むぞ!」

大きな声で乾杯をすると、誰かが叫んだ。同期たちは一斉にグラスを掲げ、ジョッキを飲み干す。

「あのさ、最近さぁ、課長がさぁ…」
「俺最近サーフィン始めて…」

仕事の愚痴や趣味の話、狭いこの空間で、様々な話が飛び交っている。

今日は暑気払いということで、会社の有志たちを募り、良く利用する居酒屋のチェーン店にて飲み会だ。
右隣は鈴木、左隣は坂下先輩、向かい側の少し離れた場所に東雲、その隣に宮尾ちゃん、私の斜め前は部長という気が抜けない布陣。

「妃立さん聞いてくださよ、俺が彼女に価値観合わせるべきですか、ほれとも俺が悪いだけでふか」

駄目だ、今日の鈴木は駄目な鈴木だ。早々に飲み過ぎだし、呂律が回っていない。彼女の愚痴から入っているのを見るに、絡み酒が執拗い鈴木だ。

「まあまあ鈴木、ちょっと落ち着いて。別れたくないなら私じゃなくて、彼女と冷静に話しなよ」

「らから、別れたくないから妃立さんに相談してるんじゃないれすか」

「(だめだこりゃ……)」

ため息を落として視線を逸らした。斜め前にいる東雲と目が合う。グラスを掴んだ大きな手で頬杖を作り、私を見ていたらしい。

東雲がゆっくりと口を動かす。たった三回だけ動いた唇。

しかし読唇術を心得ていない私は意味が分からない。
< 92 / 251 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop