コイワズライ

珍しく遅刻せずに登校してきたのに、いつものように山田先生が先輩の前に立ちはだかる。その理由は先輩の頭にあるパープルのニット帽だ。


(じん)~、今度かぶってきたら没収だって言ったよな?」


「あ、違うよ!これ(ゆい)にあげようと思って持ってきたんだ!」


そう言ってにこにこ笑って私の元にやって来て、かぶっているニット帽を私に手渡す。


「え?」


「大事にしろよ」


そそくさと校舎に入って行った。


もしかして没収を免れる為に咄嗟に私に預けたのかな?だとしたら後で返しに行かないと。


ーー休み時間、2年の教室がある3階にやってきた。廊下を歩いているだけでジロジロと見られる。1年だから、というのもあるけど、(じん)先輩の影響が大きい。


居心地が悪い…さっさとニット帽を渡して教室に戻ろう。


そーっと(じん)先輩のクラスを覗くと当の本人とばっちり目が合ってしまった。


「お!(ゆい)ー!珍しいじゃん、お前から来るなんて」


細い目を更に細めて眩しい笑顔で私を呼ぶ。そんな嬉しそうにされるとなんだか照れくさい。


「これ持ってきました」


「え?いらないの?」


「え?くれるんですか?」


「あげる為に持ってきたって言ったじゃん」


てっきりあげる振りだと思っていた私は困惑してしまい、先輩とニット帽を交互に見た。


「前に可愛いって言ってたし、(ゆい)に似合うと思って」


確かに可愛いって言ったけど私なんかがもらっていいのかな?(じん)先輩のかぶっていた物だったら喉から手が出るほど欲しいって人がたくさんいるのに


私の手にあるニット帽を先輩が奪い私の頭にぎゅうぎゅうかぶせた。


「やっ、痛いし!前見えないんですけど!?」


目深にかぶせられたニット帽から目を出すと先輩がケラケラと楽しそうに笑っている。


「うん、似合う!可愛い!」


ポンポンと頭を撫でられて優しい笑顔で見つめられて。なんだか急に恥ずかしくなって、またニット帽で目を隠して下を向いた。


(ゆい)?」


至近距離で顔を覗きこまれ、びっくりして顔が熱くなる。


「あ、ありがとうございます」


「おうっ」


「後で返せって言われても返しませんからね!?」


「あはは、言わないし」


失礼します、と慌てて自分の教室に帰った。


やられた!!ずっと意識しないようにしてたのにこんな簡単に落ちちゃうなんて。
しかも去り際にあんなこと言って、私って可愛くない!


優しい笑顔に胸が痛くなったのなんて初めてだ。
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