コイワズライ

「きゃっ!!」


ーー昼休み、バッシャーンッと上から水が降ってきて足元が水浸しになった。クスクスと数人の女子の笑い声が聞こえ、バタバタと慌ただしくトイレを出て行った。
一瞬なにが起きたのかわからず、頭の中が真っ白になった。前髪から滴り落ちる水が頬を滑り顎を伝い落ちる。


恐い…


今までの嫌がらせは間接的だったのに、遂に私に直接攻撃を仕掛けてきた。相手の姿が見えないぶん余計に恐い。ぎゅっと自身の腕を抱いて震えそうになる身体を鎮める。


5時間目のチャイムが鳴るまで、トイレの個室から出られなかった。


***


5時間目の授業が始まり、廊下に人の気配がなくなってからトイレを出た。こんな姿誰にも見られたくない。素早く保健室に向かい、コンコンと小さくノックをして、失礼します、と室内に入った。


「春名先生?…トイレかな?」


室内には誰もおらず、とりあえずタオルを借りれないかと棚の中を探す。


「勝手に触ったらまずいかなぁ…はっくしゅっ!」


「せんせー、おはよ~」


シャーッとベッド周りのカーテンが開いて(じん)先輩がアクビをしながら出てきた。


「え?(ゆい)?」


「あ…」


「なんで濡れてんの?」


「えーっと…」


一番見られたくない人に見られてしまった。ってか、なんでここにいるんだよ~~!?!?


言葉に詰まっている間にどこからかタオルを持ってきてくれた先輩。それを私の頭にかぶせて、わしゃわしゃと髪をふいてくれる。


「制服も濡れてんじゃん。風邪ひくぞ?」


うわ、泣きそう


喉の奥が苦しくなって目が潤み視界が滲んでいく。ばれないように下を向きズズッと鼻をすする。


「泣いてる?」


覗きこまれて顔を背ける。瞬きの度に涙があふれ、頬を伝いポタッと落ちた。
親指で涙をぬぐうと、ぎゅっと力強く腕の中に閉じ込められる。


「せんぱい?…濡れちゃいますよ?」


「…うん」


「苦しいです…」


「ごめん…」


しばらく先輩の腕の中で静かに泣いた。


本当はずっと恐くて、でも誰にも言えなくて。強がって自分を奮い立たせていたけど、急に不安に襲われて。
箍が外れたように涙があふれた。


私の強がりも不安も、優しい(じん)先輩に包まれて消えていく。








あぁ、そっか








私はこの人が







好きなんだ







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