ヨルの探偵Ⅰ
まずは、状況の整理だ。
「夜白が潜入して1日目、盗聴器は設置できたし、あっちの監視カメラもハッキングできた。今のところは上々だね」
「さすがです。でもまさか、ヨルさんたちが此方にいらしてたとは」
「別件でね。だから朝霧から連絡来た時は嬉しかったよ」
「頼れるのがあなたしか思いつかなくて……」
そりゃそうだろう。
この一見優しげで、物腰の低い男は夕霧の男だ。 どこをどう見ても綺麗なリーマンにしか見えないこの男は夕霧に傾倒し、全てを捨ててここに来た。
そんな男に、自分の名前の一文字を与えて、朝霧と名前をつけたのが夕霧だ。
このアンダーグラウンドの住人が、みんなが皆、イカれた見た目をしているとは限らない。外見と中身は一致しないのだ。
それがここに居るとよくわかる。笑顔が優しい人ほど内に狂気を顰めている。迂闊に近づくと頭から食われる。
距離感を保つ。これは、鉄則だ。
「は~……朝霧の方から連絡してくれて助かったよ。実は協力してもらおうと思ってたとこだったから」
「夜白さんを潜入させるといったときは驚きましたが、仲介なら私が適任ですものね」
「うん。だから夕霧についての依頼代はこれでチャラね」
「はい。わかりました。よろしくお願いします」
深々と頭を下げた朝霧に、笑みを向けながら湯気の立つ珈琲に口をつける。
苦味が口に広がって、酒とはまた違った苦さに顔を顰めた。甘いよりはマシだけど。それにしても苦い。どこの珈琲豆使ってんだ。
まじまじと珈琲の入ったカップを眺めながら、夜白を潜入させるまでの記憶を遡る。
────好機の依頼が飛び込んだのは、夜白を潜入させる数時間前のことだった。