ヨルの探偵Ⅰ


 静まり返った店内で、にこにこ笑って「天誅」と言った月夜ちゃんに何も返せない。

 翔も隣で驚いた顔をしていて、この場で彼女だけが楽しそうに笑っている。赤いシロップで色づいた舌が魔女みたいだ。


「……は? おいおい、まてよ。そんな偶然あるかよ」

「気が晴れたかな、よかったね」

「そういう意味じゃねぇのよ、おかしいだろ」

「ふぅん」


 蒼依が、興奮気味に言うが月夜ちゃんは至って冷静だ。

 わかってる。この事実に間違いはない。

 だけど、タイミングがおかしい。まるで見計らったような、誰かが裏で糸を動かした。そうとしか思えない。

 でも、そんなことできるのは知っていた月夜ちゃんだけなんじゃないか。そういう疑いが頭の中でぐるぐると蠢く。

 怪訝な顔を表に出さないようにしても、彼女には勘づかれる。


「夏休み、楽しみだね。じゃ」

「え?」

「先帰るね、バーイ」


 ワンテンポ、反応が遅れた。

 先に喫茶店を出た月夜ちゃんを追い掛けることはしなかった。

 カラン、コップの氷が溶けた音だけが、響き渡った。


end.


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