ヨルの探偵Ⅰ
ハッ、として顔を上げた。
お風呂場から出てきた翔くんが、心配そうに私を見ている。肩にタオルを掛け、髪が濡れてぽつぽつと水滴を垂らして近寄ってきた。
最悪だ。取り繕う暇がなかった。表情は険しいし、通話してたのも隠せない。
誤魔化すには、と言葉を探して俯く。
「誰かと電話してたのか、悪かった」
「いや、大丈夫。知り合いと話してて、もう切るとこだったから」
「そうか。風呂は?」
「あ、うん。シャワー浴びる」
絶対おかしいと気づいたはずなのに、翔くんは何も追及はしてこなかった。
私は何事もなかったようにシャワー浴び、バスローブを着て髪を乾かす。曖昧な距離感に救われた。
ベッドに横になってスマホを弄る翔くんの元に気にせず寝っ転がると、どうやら腕枕してくれるらしいから遠慮なく腕に頭を乗せた。
距離は近いけど、もうさっきのような空気にはならない。健全な雰囲気のまま、眠そうな翔くんの顔を下から見上げる。
「優介たちには連絡した。あとで月夜も連絡しといて」
「うん……。ねぇ、翔くんは、電話の相手が誰か聞いたりしないの?」
「聞かねぇよ、気にならないわけでもねぇけど」
「ふぅん、そっかぁ」
こういうところ、ずるいね。
距離感が丁度いいところ、無闇に踏み込んでこないところ、安心する。
目を瞑ったまま眠そうに話す翔くんの睫毛を眺めて時間を潰した。
23:59。
それが、0に変わるのを待つ。
「翔くん」
「ん?」
「お誕生日おめでとう」
「……ありがとう」
眠そうな目を開けて、嬉しそうに口角を上げた翔くんに、軽くキスをする。
そのまま抱き寄せられ、目を瞑った。眠い。
「おやすみ」
いつかと同じ。
心地よい温度に包まれ、私たちは現実から逃げた。