ヨルの探偵Ⅰ


 月夜の表情が柔らかくなったところで、ゆるゆるとした口調の蒼依が「暑い〜」と体をフラフラさせながら近くまでやってきた。

 でも目敏く睨まれたことによって、自分の犯した失態を思い出したのかギクッと肩を震わせる。


「あっ、さっきは、えっと〜……ゴメンナサイ」

「怒ってないけど」

「嫉妬じゃねぇのよ? 別に嫉妬じゃねぇんだけど……俺の口が勝手にね、言っちまったのよ。本心じゃねぇから、信じて……」

「だから怒ってないってば」


 反省と言わんばかりに、しょんぼりへこんだ様子で迷子の子供のような表情をする蒼依に、眉を下げて呆れたように月夜が笑った。

 なにあれ、怒られた犬みたいな……。

 幻覚? 垂れた犬耳としっぽが見えるんだけど。

 愛嬌という言葉が脳裏に浮かんで、今にもくぅん、と鳴きだしそうな蒼依を冷めた目で見る。

 僕の心を読んだように、優介が後ろから「捨てられた子犬みたいだな」と言いながら近寄ってきて、月夜に謝った。


「月夜ちゃん、ごめんね。俺たち、浅はかだったよ」

「ううん。こっちこそごめん。私だって出歩いたこと隠してたし、話せないことだってあるのに。傲慢だった」

「仲直りしてくれるかな?」

「うん、もちろん!」


 にぱっ、と笑った月夜に優介もつられて笑顔を見せた。

 明るいその笑顔が戻ってきたことに心を撫で下ろし、まだ一歩も動かず、遠目から僕たちの方を眺めてる翔に視線を向ける。

 要領もよく、器用なくせに、月夜に対してだけはどこか不器用な翔。

 ぽつん、と佇む姿にどうしようかと悩む。

 でも、それは杞憂だった。


「────翔くん」


 迷いなく月夜は一直線に、翔の元に向かった。

 名前を呼んで、手を握る。


「翔くん、ごめんね」

「俺もごめん。話せばよかった」

「いいの。お互い様だから」

「……ん、ごめん」


 こてん、と月夜の肩口に顔を埋めた翔。

 そんな翔の頭を月夜がわしゃわしゃ撫でるから、ブロンズの髪があちこちに跳ねた。

 よかった。拗れなくて。少しの亀裂でギクシャクするのが長引くってあるからね。

 ま、これは経験談だけど。

 2人の仲睦まじい様子に、拗ねた蒼依が「邪魔していい? あれ」と言葉を漏らしたが、優介に止められた。恭もちょっと複雑そうだけど、安心したように2人を見ている。

 心配することは、なさそう。

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