ヨルの探偵Ⅰ
未だ全く起きる気配なく寝てる女に、無意識で手を伸ばし、──あと数センチ。
パチリ、と唐突に目が開いた。
「……ねっむ~……え?」
「なぁ、あんた名前は?」
「……いや、あの、えっと」
「俺は、一ノ瀬 翔。あんたの名前は?」
寝起きで頭が回らないのか、混乱した様子の女に詰め寄ると焦ったように目を逸らされる。
寝ている時とは違い、表情が変わってわかりやすいなと思いながら、やっぱり嫌悪感がないことを不思議に感じた。
問い詰めるように近付けば、後退される。
瞬きをして、パチパチと瞳を潤す仕草をする女の目は意外にも硝子玉のように丸い。
「聞こえてんの?」
「聞こえてはいるよ。一応……」
寝惚けたように言葉を返してくる女が、何故か最後に一応と付け加えたけど、聞こえてんなら一応じゃねぇだろ。
だが、それすらも面白いと感じ、やっぱり気になると俺は距離を詰めた。
明らかに混乱して、逃げそうな素振りを見せる女に退路をなくすべく、梯子までの道を塞ぐ。
そうすれば困った顔で、ようやく俺の方を向いた。
視線が合い、真っ黒な瞳が俺を映す。表情は不安そうなのに意思のある瞳に矛盾を感じながら、先程とまた同じ言葉を吐く。
「名前は?」
「えーっと、名乗る程の者ではございません?」
「俺は名乗った。あんたも名乗れ」
「えー、横暴すぎるー。私は君の名前知りたかったわけじゃないしなぁ、やーだなっ」
弱々しく困った表情を見せるくせに、毅然と言い返してくる女に余計に興味が湧いて、教えてくれるまで逃がさないと脅すと、また困った顔を向けられた。