ヨルの探偵Ⅰ
自分の感情に訳もわからず苛まれながら、横でどうでも良さそうに空を見上げてる女を一目してから、俺は問題集に目を落とした。
「この問題集、なんで持ってたんだよ」
「解かせようと思って」
誰に、とは聞かなかった。
誰でもいいわけじゃねぇだろうけど、相手がある一定の条件に当てはまったら解かせるんだろうなと勝手に解釈したからだ。
幾つか目に入る難問は解いたことがあり、やれるだけやるかと渡されたペンを受け取って、問題集に答えを書き込んでいく。
ほとんどが応用。微分積分やベクトル、漸化式の問題もあって、頭をフル回転させながら解き進める。
その間、ずっと、女は空を見上げていた。
そして、ふと手が止まった瞬間。──待っていたと言わんばかりの微笑で俺の方を向いた。
「……わからない? 首席くん」
「この問題だけ明らかに難易度違うだろ」
「そうかな?」
馬鹿にするような物言いに、なんとなく言い訳のように口を開いたが、女はくすくすと笑うだけ。
だったらあんたは解けるのか、そんな意味を含めた視線を向ければ、「私はわかるよ」と心の内を読まれたように先手を打たれた。
じゃあ、解いてみろ。とペンを渡そうとすればそれは違うと首を振るから意味がわからない。
「それは、君が解いた方がいい。とても役に立つからね」
「役に立つ?」
「そう。でもヒントはあげようか」
笑みを浮かべたまま、俺の手からペンを奪い、女は問題の横に別の数式を書く。解けなくもない問題に首を傾げれば、またクスっと笑って「これ解ければ、それもわかる」と口にした。