ヨルの探偵Ⅰ


 押し問答しても時間の無駄だし、逃げようにも足も力も私が負けている。それに抵抗しようものなら引き摺られて連れていかれそうだ。

 狼みたいな男に、男装女子が連行されてる絵面はよろしくない。


「妥協案。目立つのは無理」

「我儘だな」

「今ここで防犯ブザー鳴らしてもいいけど?」

「はぁ、さっきの言葉は撤回する」


 よし。ならいいよ。

 備えあれば憂いなし、なんでね。色々と隠し持ってるに決まってる。

 足も遅い、力もない、男に劣る女が、最大限の対策をするのは当たり前だ。力で負けようとも頭で負けない。私は脅すの大得意。

 広く大きい怜央さんの背中を追いかけながら、路地を出る。

 ドス黒い感情は、いつの間にか薄れていた。


「いつもこんな怪我してんのか」

「ん? 前は爆弾で吹っ飛ばされたよ」

「危ない綱渡りだな」

「探偵稼業なんて恨みも買うし、危険なんて付き物だからね。命あればオールオッケー」

「能天気に聞こえるがいいのか」


 よくはないね。

 人通りの少ない道を選んで歩きつつ、意外にも話し掛けてくる怜央さんに答える。

 程よい大人の距離感に感心していれば、コンビニに到着。私は消毒液と絆創膏と包帯を買いに中に入った怜央さんを人気のない駐車場で大人しく待った。

 なにここ、穴場ー。


「戻った。手出せ」

「は? 包帯まで買ったの? 過保護〜」

「ちょこまか小動物みたいに動くだろ」


 言い返せない。思い当たる節が多すぎて、押し黙るしかなかった。

 大きな手でやりづらいだろうに、器用に丁寧に手当てしてくれた怜央さんにお礼を言う。時間を確認すると22時37分。急ごうかな。

 あ、怜央さんどうしよう。


「ついてくる?」

「……目的はなんだ」

「それは、ついてくるなら話すよ」


 関係者ではないが、無関係でもない。弟がやばいとこに片足突っ込んでることを、怜央さんは知る権利がある。

 訝しげな怜央さんに「悪意はない」と伝え、私は結論を促した。

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