ヨルの探偵Ⅰ


 言葉を言い切ると、部屋が時空を切り取られたみたいに無音になった。

 古林 はじめが奥二重の細い目を目一杯見開いて呆然と「まさか……」と言葉を漏らす。ショックで指先一つ動いていない。

 怜央さんも、固唾を飲んで私たちを見守っていた。


「はじめまして。夜の探偵屋、ヨルです」

「……ほん、とうに?」

「嘘をつくメリットがないです。さて、ここからが私たちの本題です」


 まだ頭で理解しきってない古林 はじめを置いてけぼりにして言葉を続ける。

 目の前のヨルという存在を凝視してるのはちょっと面白いけど、時間がない。なるべくここからは手短に。

 ポケットからUSBを取り出し、テーブルに置いた。


「一度しか言いません、よく聞いてください。このUSBにはウイルスが仕込んであります。活用方法は簡単です。パソコンに差し込むだけ」

「あの、どういう」

「計画を話します。我々の計画は──……」


 全ての計画を話し終えふと、顔を上げると呆気に取られた表情の古林 はじめが「有り得ない……」と放心状態のまま呟く。

 でも彼に選択肢なんてない。野心もある古林 はじめにとって、計画が美味な誘いであることは十二分に理解したはずだ。

 交渉。いや、商談を終えて、満足気に隣の怜央さんを見上げると珍しい顔。

 初めて見る驚いた表情だ。


「すごいな、少し侮っていた」

「少しじゃなくて大分だけどね?」

「言動が軽すぎるのが問題だ。自覚は」

「あるかもね」


 初対面の時のこと言われてる気がするな。

 感心されたかと思えば、すぐいつもの調子に戻った手厳しい怜央さん。私は若干拗ねつつ、腹を括った古林 はじめに顔を戻した。


「わかりました。対価は」

「上客リストと顧客名簿、帳簿もほしい。あと、マリカこと立石 愛美についての情報」

「承知しました。詳細は、添付して後ほどお送りします」

「連絡方法はこのデバイスから」


 おっと、もう時間。

 全て計画予想通り、今日は不測の事態のない日だ。

 ソファーから立ち上がり、ドアに向かう。「ではまた」「遂行日に」と言葉を躱し、お互い目の奥がギラりと獰猛な猛禽類のように光らせた。

 夜の怪しげな密会は、これにて終わりを告げる。

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